空気が澱んでいる様に感じ縁側の柱に凭れた仙蔵は息を吐いた。
薄曇りの空から雨粒が落ちたが一頻り降ると止んでしまい、其れが余計に暑く蒸す空気を作り身体に纏わり付いて離れない感覚を受けさせる。
風も微かな弱い風しか吹かず億劫さから動く気も湧いて来ない。
長く伸びた髪を切って仕舞おうかと一筋掴んで思ったが直に如何でも好いと答えを出さずに大きく身体を伸ばし脱力した。
日が差して来たらしく中庭の濡れた土や夏草、苔に木洩れ日が当る。
剪定等一切行わないので木々の枝は自由気侭に伸び其の内の一枝が縁側の中、仙蔵の頭上にいた。仙蔵は其の枝を掴み取ると自分の目前へと引張る。
細く撓る枝には葉を共に濃く赤い花が幾重にも咲いている。
確か百日紅という名の花だ。
先日通り縋りに聞こえた会話で此の花が話題に上がっていた。
掴んだ手から腕へと先程の雨水が伝っていき肘まで到達すると其処で溜まった水が滴となり立てていた膝へぽたりと落ちた。
深緑の衣に濃い丸が一つ出来た。
無意味だと自分の行動を評したが今は深く何かを考えたくは無かった。
今に関わらず夏の間は深く物事を考える余裕が無い。
夏の暑さに苛々しているからだ。
煩わしい。酷く煩わしい季節だと常々仙蔵は思っていた。
目も眩む程の青空も峰宛らの入道雲も蝉の声も茹だる暑さも焼ける様な西日も何もかも全て煩わしく億劫だった。
地面に落ちた影の色が濃くなった。
じじじと音がしたかと思うと近くの木に辿り着いた蝉が鳴き出す。
「縁側で行き倒れか、仙蔵」
突如聞こえた声に心臓が跳ね上がったが此れは驚いた訳では無い。
共に過ごし耳慣れた馴染みの声に驚く筈が無い。
では此れは如何した事だろうと仙蔵は見上げて思った。
怪訝そうな表情で文次郎が此方を見ていた。
鼓動の調子が最近如何も妙な按配だ。
矢鱈と波打つ時が多い。
其れに最近は文次郎を見ていると如何した事か苛吐く。
自分に何かした訳でも無いのに何故だろう?
「仙蔵。大丈夫か、お前」
文次郎の声で我に返ると仙蔵は漸く口を開いた。
「……駄目かもしれない」
「他に涼しい場所もあるだろうに…ほら、立て」
文次郎の手が腕を掴んだ。
人の熱が篭った掌は暑かったが不思議と不快では無かった。
文次郎の力に引き摺られる様に立ち上がると仙蔵は百日紅の枝を離した。
大きく揺れながら百日紅の枝が雨の滴を散らばらす。
掌に残った雨水を払うと人の腕を掴んだ侭、歩き出した文次郎の背中を見る。
何だか…本当に妙な気分だ。
しかし思考が暑さ故に上手く纏まらない。
面倒臭くなった仙蔵は脈の件を暇を見付け伊作に相談する事に決めた。
聞こえる蝉の声が徐々に小さくなり代りに人の声が大きくなる。
「夏の所為かもしれない……」
「何がだ?」
声が届いたらしく振り返った文次郎に仙蔵は上手く説明する気もなく只、頭を横に振り短い返答をした。
「別に」
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