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版権同人小説ブログ
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▼文次郎と仙蔵の仲を知っている上で仙蔵に想いを告げる伊作と其れに耐えられず暴力を振るう文次郎



怒りと涙で滲んだ目で仙蔵が遠くを見据えている。
片頬は叩かれたのか赤くなり唇の端には乾いた血がこびり付いている。
綺麗に結わいた髪が乱れた侭の姿で仙蔵は先程から縁側に腰掛け一言も発しない。
時折通り過ぎる級友は一様に驚くが声を掛けれる雰囲気では無いので足早に去って行く。
僕は井戸で濡らして来た手拭いを仙蔵の赤くなった頬へと当てた。
仙蔵は一瞬躊躇う素振りを見せたが直に手拭いを自分の手で押さえた。
「また喧嘩?」
「また、喧嘩」
気が未だ鎮まっていないのか仙蔵の声は微かに震えていた。
「痛い?」
「痛い」
「明日腫れるね」
「あの馬鹿。加減しないで叩いたからな」
「……あのさ」
僕は声を潜めると仙蔵に問うた。
「僕が原因なんでしょう?」
手拭いを押さえている仙蔵の手がぴくりと動いた。如何やら当りだ。
仙蔵は僕の方に視線を向けると頭を垂れ重い溜息を吐いた。
「勘付いたらしい。些細な事でも大事で…お前ともう口を聞くなだと。俺と伊作のどちらが大事だなんて……天秤に架ける自体、馬鹿な事だ」
「そうだね」
彼の天秤はどちらに傾くのだろう?
其れはどちらも同じ重さという意味なのだろうか?
其れとも文次郎の方が当然重いという意味なのだろうか?
「御免ね、君の事が好きだなんて言ってしまって」
僕の言葉に仙蔵は何も返さなかった。
長い間、僕は仙蔵への想いを秘めながら過ごしていた。
仙蔵とは誰よりも仲が良かったせいもあり其の関係を崩すのを恐れていたのだ。
そうして或る時、傍に居るだけの僕から仙蔵が奪い去られた。
潮江文次郎は僕が出来なかった告白を不器用だが真正面から切り出して見事仙蔵の心を手に入れた。
一体、僕は何をしていたのだろうと後悔ばかりが胸を疼いた。
しかし仙蔵と文次郎は趣味も思考も真逆に近く頻繁に衝突をし其の度に仙蔵は唯一の愚痴を言える相手、詰まり僕の元へ訪れた。
あいつは酷く頭が固くて参る。
趣味も合わないし合わせようともしない。
私は持物では無いのに矢鱈と干渉して来る。
息苦しいよ、伊作。
暫く経つと再び仙蔵は文次郎の元へと戻る。
苦しいなら別れれば?と一回だけ口にした時があった。仙蔵は言葉を濁し答えなかった。
お前となら気が合うのにな。
じゃあ、文次郎と別れて僕と付き合わない?僕はずっと前から君の事が好きだよ。
仙蔵の顔色がさっと変わった。
其れが答えだった。
暫くは互いに気拙いけれど友人で居て欲しいと先に言ったのは僕だった。
仙蔵は何とも言えぬという感じで了承して呉れた。
けれど其れから仙蔵は決して僕に触れない。また僕が触れるのも拒む様になった。
哀しいとは思うが代りに仙蔵は僕に対して以前よりもずっと優しく接する。
恐らく彼の、僕に対する罪悪感がそうするのだろう。
そうして僕も告げてしまってから隠す必要の無い気持ちを時折彼に謝りながら告げる。
謝りながらこうして傷付いた彼の傍に只寄り添う。
僕の想いが彼の心に段々と侵食していって欲しい。
文次郎よりも僕の方が仙蔵を想っているよ。
僕なら傷付けない。趣味も合う。思考だって似ている。
「伊作……お前は悪くない、気にするな。何時もの事だ」
手拭いを返すと去って行く仙蔵の背中を見詰め、御免ねと謝った。
勘付いたんじゃないよ、文次郎は。
僕が仙蔵が居眠りをしている傍に居た時に其の髪を手繰り寄せ口付けをしたのを偶々通り掛かった彼が見ていたんだ。
視線を感じ見開いた彼の目と僕の目が合う。先に逸らしたのは彼だった。
険しい表情を浮べ踵を返し行ってしまった。
殴られて修羅場になる事を想像していたのだが実際は何も起こらなかった。
其の場では。
文次郎は仙蔵に当る様になった。
些細な事でも烈火の如く怒り其れにより仙蔵に傷が出来る。
けれども二人は幾等待っても別れようとはしない。
「予想外……」
僕は仙蔵の血が付いた手拭いを握り締めると井戸へと向かった。

 
隣の部屋の障子戸が閉まる音が聞こえ文次郎の心は先程よりも強く痛みを発した。
叩いた手を見詰めるのを止め重い腰を上げると自室を出て物も言わず隣の部屋の障子戸を開けた。中には此方に背を向け文机の前で座っている仙蔵が居た。
戸を閉める音が嫌に部屋に響く。
文次郎は自分が此れ程嫉妬深いとは思ってもみなかった。
人気の無くなった教室に仙蔵と伊作が居た。
仙蔵は机に突っ伏し眠っている様だった。
と、寝ている仙蔵の髪を一房伊作は握り締めると其れに口付けをした。
彼の仕草は恋い慕う男其のものでしかなく文次郎は驚き目を見開いた。
不意に伊作が顔を上げた。
優しい面立ちの彼は此方と視線が合うと口元に笑みを浮かべた。
嫌な笑みだった。
視線を外すと足早に其の場から去るしかなかった。
……見なければ良かった。
仙蔵は伊作と仲が好い。普段から行動を共にしている。
不安な種は尽きず常に仙蔵と伊作の動向が気になり若しやと思い問い詰める。
其の度に言い争いになり伊作を庇う仙蔵の態度に腹が立ち手が出てしまう。
傷付ける気持ちは毛頭無い。
寧ろ誰よりも大切にしたい。其れが上手くいかない。
矛盾している自分が泣きたい程に歯痒く愚かだと文次郎は痛烈に感じた。
「仙蔵……」
仙蔵の後ろに腰を下ろすと名を呼んだが返答は無い。
当然だ。
「……済まない。赦してくれ」
何度も繰り返し文次郎は誤りの言葉を口にし続けた。
叩いた時の感触が未だ手に残っている。
仙蔵の白い頬が赤くなり唇から血が滲み出す。
こんなはずじゃなかった。
「文次郎。もう謝らないで呉れ、お前の気持ちは分かった」
仙蔵はそう言うと此方に顔を向けた。
叩いた箇所が目に入り文次郎は顔を伏せた。
「済まない……」
「お前は本当に仕様の無い奴だな、顔を上げろ」
ゆっくりと顔を上げると仙蔵は嘆息を吐き一言告げた。
「もう伊作の事は口にするな」
「………………」
「伊作は私の友人でしかない。だが、お前が矢鱈と気にする。此れ以上其の事でこうして喧嘩をするのは嫌だ……二度と伊作の事を口にしないでくれ」
仙蔵、お前は忘れているのか?
俺もお前と元は友人だった。
友人からこうした関係に必ずしもならない訳じゃないだろう?
其れが何よりも恐いんだ。
「私は……私を叩いた後のお前の其の泣きそうな顔を見るのが辛い」
後に続いた仙蔵の言葉に文次郎は言いたい言葉を堪え頷いた。
代りに文次郎は仙蔵に問う。
「仙蔵、俺が好きか?」
「唐突に何を言うかと思えば……」
苦笑している仙蔵に構わず文次郎は再度問うた。
「俺が好きか?」
「好きだよ。誰よりも一等にな」
文次郎は目の前に居る仙蔵を抱き締めた。
強く力を込め抱き締めると仙蔵の口から痛いと声が漏れる。
「仙蔵……っ」
何だか無性に切なくなり名前を呼ぶと文次郎の頭に手が置かれた。
「全く…お前は大きい子供だな」
小さく笑いながら仙蔵は優しく文次郎の頭を撫でた。
文次郎は只抱き締めるしかなかった。
自分から離れないで欲しいと願いながら。
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