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版権同人小説ブログ
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▼寒い月夜に冷えた身体の仙蔵が文次郎の布団に潜り込む
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金銀に碧玉や水晶、瑠璃真珠。其れに翡翠や瑪瑙。
夜空にあるあの三日月も
お前が望むなら何でも全て呉れて遣ろう。
伊作。お前は私の掌中の珠だ。
 
 
一面の雪景色が視界に拡がり伊作は目を細めた。
教員室に届け物をした帰り道、誰かが開けて行った出入り口の戸の隙間から雪が吹き込み床を白く染めていた。
閉めようと近寄ったのだが伊作は足を止めると景色を眺めた。
恐らく躑躅であろう植え込みの一群に雪が覆い被さっている。
塀の傍には寂しげに紅葉の木が佇んでいて、雪の重さに耐え切れなかったのだろう。雪折れした枝が落ちていた。
其の枝も既に大分雪に埋もれて見え辛くなっている。
そういえば、此処の処ゆっくり外を見る余裕も無かったな……。
冬ともなれば医務室は俄かに活気付き忙しい。
風邪に罹る生徒が現れる所為だ。如何しても蔓延し易いので此の時期だけは医務室で必要ならば寝泊まりする程だ。
息を吸うと雪の匂いがした。
不思議なもので雪が降る直前の空気も同じ匂いになる。
伊作は地面に降り積もった雪に掌を静かに置いた。熱で雪が溶けて、雪の挟間へと流れていく。直に今の水は凍る事だろう。
濡れた手を袖口で拭うと戸を閉めた。
屋根に積もった雪を降ろしている音と下級生の歓声が聞こえた。
 
医務室の戸に着くと賑やかな中の様子が戸伝いに窺えた。
「只今戻りました」
「お帰りなさい。伊作先輩」
薬棚から頓服薬を手にした二年の川西左近が振り返る。
部屋には他に五年の不破雷蔵と竹谷八左ヱ門、四年の田村三木ヱ門に三年の富松作兵衛が居た。
三木ヱ門と作兵衛は先日まで別室に設けられた部屋で寝泊りをしていたので余った薬を返却しに来たのだろう。
此方は如何したんだろう?
見た限りでは怪我も病気もしていそうにもない。
「伊作先輩、すいません。此れは何処にあるんですか?」
左近は手にした紙を伊作へと手渡した。
其れは医師の新野の字で細かく薬が指示されている。
「症状が重そうだけど……此れ、誰への処方?」
「鉢屋三郎先輩用です」
雷蔵と左ヱ門が軽く会釈をした。
「珍しいね、鉢屋は風邪に罹るなんて」
「そうですよね。其れなりに自己管理してる筈なんですけど」
「所謂、鬼の霍乱だと俺は思いますけどね」
二人の言葉に相槌を打ちながら左近に三木ヱ門と作兵衛の相手を頼むと薬棚から必要な薬を取り揃えていく。
学園では風邪の蔓延を小規模にする為、重い症状の生徒を一箇所に集めるのだが特例で自室療養する生徒も居る。鉢屋三郎も其の内の一人だった。
素顔を晒したくないという本人の強い要望が考慮されていた。
そういった事情のある生徒には新野による往診が行われており新野の手が離せない時には委員長である伊作が行っている。
伊作は二人の前に指示された薬を並べた。
「薬は其々纏めて何用か袋に書き記しておくけど、一応此処で簡単に説明しとくね」
一つずつ床に置いた薬を指すと説明を施した。
服用以外にも罨法薬も含まれていた。
「喉の痛みが激しいなら此れを胸の辺りに貼ると好いよ」
「有難う御座います。……取り敢えず今日の夜は看病で寝ずの番になりそうです。新野先生にも様子見といてって釘刺されました」
「何かあったら医務室か僕の部屋までおいで」
じゃあ袋に書いとくねと言うと、筆を取ろうと机を見るなり伊作は動きを止めた。
机には何故か盥があった。
盥から真白いものが曲線を描いて山のように食み出ている。
不審に思った伊作が盥を引き寄せると其の山には赤い南天の実と緑の葉が左右に付いていた。
「雪兎だ」
伊作は瞬時に誰か持ち寄ったのか悟ると左近に声を掛ける。
「若しかして仙蔵来た?」
「来られましたよ」
左近は戸口で三木ヱ門と作兵衛を見送ると余った薬を専用の箱へと収めた。
「其の盥を先輩に渡してくれって。雪だから外の縁側に置こうとしたんですけど此処で好いと言われたので」
「分かった。彼が言うなら此処に置いとこう」
「此れ、雪兎なんですか?随分と大きいですね」
八左ヱ門の言葉に伊作は苦笑した。
「生きてる兎と然程変わらない大きさだよね」
「俺、善法寺先輩が言うまで雪入れただけだと思ってましたよ」
「僕も思った。でもほら此処に目と耳があるから」
伊作は雪兎の盥を床に置くと袋に説明を書付け容れていく。
後ろで雷蔵と八左ヱ門が左近を交えて会話に興じている。
其れを耳にしながら書き終えると笊に纏めて渡した。
二人と入れ替わりに保健委員の三反田数馬が、別室から頼まれ物を取りに来ましたと告げた。
口頭で伝えられた物を手分けして集めると全員で別室に運ぶ。
今は五人が此処で療養しているが先週は二十名近くの生徒で埋まっていた。寝ている生徒の様子を見ると伊作は左近と別室から医務室へと戻る。道すがら左近が尋ねた。
「立花先輩って去年も何度か雪兎を持って来られましたよね?」
「うん。正確には雪が降る度に呉れるんだ。あれぐらいの大きさは今回が初めてだったけれど」
「昔からですか?」
驚いた様子の左近に伊作はそうだよと頷いた。
「一年の時に僕が病気に罹って部屋で寝ていたら、御見舞いだって持って来て呉れたのが始まり。今は習慣というか、此の時期は忙しくて雪見する暇も無いから慰めに呉れるみたい」
あの頃は部屋が縁側の傍だった事もあり、布団で横になりながら雪遊びをしている友人達の愉しげな声を聞いていた。
独りで居る所為か心細く淋しい心持ちになっていると仙蔵が遣って来た。其の手には雪兎があった。
伊作はとうに忘れていたのだが、自分が頻りに此れを雪が降ったら作るんだと言っていたらしい。だから代わりに作ったぞと水差しが乗せられた盆に置かれたのだった。
「伊作先輩は雪が好きなんですね」
「そう、好きだよ」
 
 
当番を終えた伊作が寒い廊下を進んでいると仙蔵が居た。
駆け寄ると仙蔵の冷えた頬に手を当てる。
「何も此処で待たなくても……」
「医務室は騒がしいし、お前が相手にしてくれないから嫌いだ)
仙蔵は頬に触れている伊作の手を取ると甲に唇を当てた。
炯炯とした目が自分を見詰める。
「雪兎は如何だった?」
溶けて水となった雪兎から紅白の斑模様の椿が一枝現れた。
大きく作られたのは此れを入れる為だったに違いない。
「凄く嬉しかったよ。有難う」
そう言うと仙蔵は相好を崩した。
初めて雪兎を持って来た時、仙蔵の髪には多くの雪が付いていた。白い頬も掌も赤くなっていたが仙蔵は笑顔だった。
記憶に無い程度の言葉を覚えていて呉れて、尚且つ病気で寝ている自分の所に作って持って来て呉れた。心細い感情も重なり泣きそうになりながら、伊作は掠れた声で如何にか有難うと言えた。
「あれ程の大きさだから手が冷たかったでしょう」
「大した事じゃない、お前が喜べば其れで好い」
「馬鹿だな……仙蔵は」
お前が望むなら何でも全て呉れて遣ろうと口癖のように言う。
自分を掌中の珠だとも言う。
何故、其処まで自分を想って呉れるのか伊作には到底解らない。
解らないが伊作にとってもまた、仙蔵は掌中の珠なのは確かだった。

己の指先が冷たくなって来ているのに気が付いた。
指先だけでは無い。耳も頬も恐らく髪すらも冷えている。
……秋も其れだけ暮れているのか。
平滝夜叉丸は折り曲げる様に屈んでいた身体を伸ばすと其の侭空を仰ぎ見た。
既に上空の色は夜の帳、詰まりは淡い藍の色をした空が拡がっている。しかし視線を少し移動すれば西には太陽が未だ残っており、まるで夕暮れの残骸にも似た色合いが僅かな光を放ちながら山際へと消え掛けている。
其れとは反対の方向に目を向ければ、其処には真白い月が皓々と光を帯び始めていて自分の真上に比べて濃い藍色の空に幾つかの星まで姿を現し出している。
此処には夕暮れと夜の境があった。
「もうじき、暗くなるな」
闇夜が迫り出す火点し時だというのに学園裏にある薄野原に居るのには訳がある。同じ体育委員会の次屋三之助が居なくなったからだ。
そもそも方向音痴で有名な次屋三之助の姿を見失ったのは、委員会の仕事と称される敷地内の走り込みの最中に起きた。
一年生の皆本金吾も居たので薄野原での小休憩を提案した迄は良かったのだが、不図目を離した隙に何処かへ行ってしまったのだ。直に気付いて慌てて其処彼処を探したが見付からず、委員長の七松小平太と金吾に声を掛けて三人掛かりで捜索する羽目に。
 今度から首に縄でも付けとくか?
見当たらないので滝夜叉丸が苦言を言われるかと思われながらも次屋の事を伝えると七松は冗談交じりにそう言って、笑い声を上げた。
此方の気が楽に成る程の豪快さが滝夜叉丸には眩しかった。
「さてと。もう少し向こうまで行ってみるか」
嘆息を吐くと自分の背丈程に生い茂る薄を掻き分けて踏み進む。冷えた山気が強い風と共に吹き付け薄の穂を揺らして行くとざわざわと薄の波音がやけに耳に残った。
先程見掛けた際は西日を受けた薄野原はまるで海のようで風を受けて波打つ光景は美しかった。今はもう、其の面影すら無い。寧ろ何処か薄気味悪かった。
此の音がいけない、と滝夜叉丸は思った。
薄の穂が揺れ動く音はどうも人を不安な心持ちにさせる。
其れと不安になるのは恐らく一人で行動している所為もある。
誰かと居れば問題無いが一人で居ると如何しても妙な想像をしてしまう。例えば薄を掻き分ける手を見知らぬ手に掴まれるなど。
………………駄目だ、止めよう。
ほっそりとした女の手が薄の間からするりと出て来るのを想像してしまい、滝夜叉丸は首を振ると心の怯えを振り払う為に勢い良く更に分け入る。
すると掻き分けた掌に鋭い痛みが走った。
顔を顰めると西へと掌を翳す。空に残った微かな日の光が掌に出来た赤い傷を照らした。
薄は随分と切れ易いから気を付けろと言われたな。
何となく傷を眺めていると風が吹かないのにざわざわと薄の波音がした。耳を澄ますと音は段々と自分の方へと近付いている。先程の想像が頭を掠めていく。
「次屋、か?」
そんな訳は無いだろうと思いながら声を掛けてみた。
音が止まった。
自分の傍近くに居るというは分かったが音では場所が判別出来ない。前後左右に人の気配は全く感じられなかった。視界に映る薄から目を逸らせない。息を、潜めた。
そういえば、自分以外に次屋の名を呼ぶ声がしていないな。
前方から吹き付ける風が滝夜叉丸の髪を掻き乱ていった。 
ぞわりと背中に悪寒が走り堪らなく怖くなった。此処から去ろうと滝夜叉丸が踵を返すと目前の薄の間から突如、人の腕がにゅうと現われた。
「…………っ!」
口から飛び出そうになった悲鳴は身体を竦める事で辛うじて抑えた。
「滝夜叉丸。其処に居たのか?」
聞き覚えのある暢気な声に緊張した身体が弛緩していく。
薄を分け入って出て来たのは七松だった。
滝夜叉丸は安堵を含んだ息を深く吐くと其の名を呼んだ。
「七松先輩……」
「次屋な、向こうの端で見付かったぞ」
「見付かりましたか」
「向こうの端で」
そう言うなり七松は西の方を指差す。背の高い彼が指し示す方へ目を向ける。
生憎、色彩豊かな西空と薄の穂しか滝夜叉丸には見えなかった。
「ぽつんと立っているのを金吾が見付けたんだ。ま、俺が肩車していたからなんだけどな。其れで今度はお前の場所を金吾に教えて貰って迎えに来た訳」
「あ……有難う御座います」
「如何した?顔が呆けてるぞ」
「いえ別に!」
まさか物の怪か何かだと勘違いしていました等と言えない。
慌てて答えると不意に七松の掌が冷たい滝夜叉丸の頬を包んだ。
「随分と冷えてるな、お前」
温かく大きな掌よりも其の掌が七松小平太の掌だという事に滝夜叉丸は酷く狼狽した。滝夜叉丸は七松に或る類の感情を抱いていた。
其の所為で自身でも顔が赤くなるのが分かった程だ。
「あったかいだろう?」
屈託の無い笑顔が自分に向けられた。
西日が逆光になってくれている御蔭で顔が赤くなっている事は見えていない様子に見受けた。滝夜叉丸は仄かに宿る淡く切ない感情を胸の内に押し込み、平常心を盛り戻そうと努めた。
「せ……先輩の体温が高いだけだと思いますよ。直に夜が来ますから金吾も居る事ですし早く学園に戻りましょう」
「そうだな」
先導に立つと滝夜叉丸は薄という海原を掻き分けて渡る。
平常心平常心と心の中で滝夜叉丸は呟いた。
時折、後ろに続く七松が方向を示すので従い進んでいくと漸く視界が開いた。其処には待ち草臥れた様子の金吾と何時もの飄々としている次屋の姿が現れた。
 
 
次屋三之助が振り返ると訝し気に己の掌を見詰める七松の姿があった。無言で此方も其の様子を見ていると目が合った。
「御疲れ様です。如何かしたんですか?」
「ああ……いや、何だろう。うん、好いか。気の所為だな」
何を考えているか三之助は知っている。
薄の野原から出て来た滝夜叉丸の頬が夕焼けのように赤く染まっていて、其れ以後七松の顔を全く見ようとはしない。委員会が終わると同時に直に寮へと帰ってしまった程だ。
「思い過ごしなんかじゃありませんよ」
そう声を掛けると七松がぎょっとした。
「先輩、其れは事実です」
「……お前、何か知ってるのか?」
 困惑している七松に三之助は笑顔で答えた。
「そりゃあ、毎日見ていれば気付きますよ。誰が誰を好きだなんて事ぐらい。滝夜叉丸先輩の目は何時も貴方の動きを追ってます。けれども先輩の目は」
「分かった!分かったからっ、次屋」
先を言わせない為に七松の掌が三之助の口を塞ぐ。
他に誰も居ないのだから気にしなければ好いものを。案外、臆病なのだろうか?
其れとも此の反応が当然の反応なのだろうか。次屋にはよく分からなかった。
塞がれた手が緩んだので三之助は七松から一歩下がった。
丁寧に一礼すると部屋に戻ろうと歩き出した。声が追い掛けて来る。
「毎日見ていたのか」
振り返ると点された灯り火に因り照らされた七松の、其の複雑な表情が見て取れた。
掛けられた言葉の意味を反芻しながら三之助は眺めた。
「先輩。俺、さっき言ったじゃないですか」
「………………」
「毎日、見てるんです。ずっとね」
「誰をだ?」
疑問というよりは確認したいが為に口にしたのだろう。
三之助は少し笑みを浮かべてみた。逆光に居るので七松からは此方の表情が見えていないだろうが一向に構わなかった。
此の問いに対して簡単に答えるのは癪に障ると思った。
そしてそんな想いを抱く自分は目の前の人物に嫉妬という気持ちを持っているのかもしれない事に漸く気付いた。
多分こうゆうのを纏めて固めて引っ繰り返すと片想いというのだろうな。
俺の感情も意外と複雑に出来てるんだな。
三之助はくるりと背を向けると一言だけ返した。
「先輩が向けている視線を此方に向けて頂ければ、直に分かりますよ」
滝夜叉丸の視線は此方に向かない。向こうともしない。
向かないなら向ける為にと三之助は度々己の姿を晦ましてみる。
そうすると、自分を見付けた瞬間だけは此方を向いてくれると知っているから。

▼ 只一言を告げれずに居る二人
「はい、御土産」
縁側に面した部屋の障子戸を開けながら伊作は中に居た文次郎に向かって柿を投げた。
「良く熟れてるな。如何したんだ、此れ」
受け取った文次郎の横で寝転がっている小平太の声に伊作は
「一年生の集団に其処で会って、皆で取って来た御裾分けで貰ったんだ」
と答えながら仙蔵の隣に腰を下ろした。
「お前さぁどうせ貰うんなら五個貰って来いよ…。一個で五人分かよ」
「え。小平太、君も食べるの?勘定に入れてないけど?」
「…………………」
苦虫を噛んだ様な表情の小平太に仙蔵が笑う。
「六等分にすれば好いさ。余った一つは持って来た伊作に…」
「有難う、仙蔵。じゃあ、宜しく文次郎」
「俺が切るのか……」
「当然の事じゃない」
「当然だな」
伊作と仙蔵の言葉に文次郎は傍に居る長次から小刀を借りると手にした柿を切り分ける。
外に輝く西日の様な色をした皮から雀色の瑞々しい果実が伊作の手に渡された。
口に入れると甘い味が拡がる。
「旨いな。何処の柿なんだ」
「今度会った時にでも聞いとこうか?」
「取りに行ってももう無いんじゃないか。皆で取って来たんだろ?一年」
文次郎の言葉に、そうだなと仙蔵が呟く。
「柿といえば……今年も干してあるのか、渋柿」
吐き出した種を手持ち無沙汰に掌に乗せている小平太が口を開いた。
伊作は誰の事か思い当たり残りの柿を半分口に入れながら答えた。
「仙蔵達の組の奴だっけ?干柿の名人なんだよね?」
「ああ、多分今年も干してるんじゃないのか。なあ?文次郎」
「明日辺り聞いとく。また五人分貰えば好いんだろ」
確認する様に言う文次郎に長次が無言で頷いた。
残りの柿を口に運ぶと伊作は秋ももう終わりだなぁとぼんやり思った。
▼文次郎に柿を剥かせて食らう仙蔵
▼全ての煩わしさを夏の所為だと思っている仙蔵
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