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版権同人小説ブログ
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▼ 只一言を告げれずに居る二人



此の身体を重ねて七度。
好きだと口にすることができない。


晴れた碧空が目に眩しく仙蔵は手を翳すと池の傍に設置された東屋に寝転んだ。そうして涼しい日陰の床で指折り数える。
もう……七度にもなる。七度も文次郎としたのか。
思い返すと初めて誘いを掛けたのは既に三ヶ月前の事だった。
布団に潜り込み挑発して自分から手引きした。
仙蔵は文次郎が好きだった。好きだからこそ早めに見切りを付けたくて嗾けたのだ。
文次郎は恐らく嫌悪するだろう、戸惑うに違いない。自分を罵倒するかもしれない。いやそうであって欲しいと。嫌われれば此の想いに諦めが付く。
片想いの苦しさから逃れたく仙蔵は自暴自棄になった。
実際は仙蔵を拒まなかった。
突然の行為に文次郎は酷く狼狽したが誘われるままに流された。
次の日、朝起きると既に文次郎は居なかった。
食堂で朝食を食べていると何時もと同じように文次郎が隣に腰掛けた。何を言えば好いのやら見当が付かない内に時間は過ぎた。
食事を終えると文次郎は先に行くぞと告げた。仙蔵は分かったと答えた。そうして以前と変わらぬ会話は始まった。
だが其処で仙蔵は好きだと言う機会を一度失った。其の失った事で伝える機会を仙蔵は持てずにいた。分からなくなっていた。
文次郎は今でも自分を拒まない。
拒まないが気持ちの一切を明かしてくれない。只、抱くのだ。
奇妙な関係だと仙蔵は思った。
昼間は以前と全く変わらないが、夜になると微妙な空気が二人の間に立ち籠めるようで耐え切れず仙蔵は部屋を出て行く。
其の癖、部屋に帰れば関係を持ちたがる自分が居る。
「最悪だな……」
何故あの時、文次郎は自分を抱いたのだろう?
抱く時の文次郎は緊張した面持ちで顔を赤く染めている。ぎこちないが優しく手が自分の身体に触れてくる。
若しかしてという想いが生まれたのも其れが原因なのだろう。
若しかして、お前も私が好きなのか?
若しかして、お前もこうして私を抱きたかったのか?
都合の好い自分勝手な、其れで何処か確信がある言葉を口には出せず、何万回も声にならない声で仙蔵は問い掛けた。
言葉が胸を埋め尽くし、苦しくて溜まらない。
閉じた目から溢れた涙が目尻から流れ落ちる。
今更……今更如何しろというんだ。
文次郎は身体だけの関係だと思っているのかもしれないじゃないか。一時の戯れとして自分の相手をしているのだとしたら、言えば壊れてしまう。
ああ、糞。いっそ文次郎なんか死んでしまえば好い。
仙蔵は人の気配が近付いて来たので涙を指で強く拭うと身体を起こした。来たのは文次郎だった。
「…………………」
黙って眺めていると目前に立った文次郎が口を開いた。
「寝起きか?」
「まあな」
「そうか……お前、何処に居るのか分からないから探したぞ」
「多忙なお前が私を探すなんて珍しい事もあるものだ」
自分の足元に視線を移しながら茶化すと会話が途絶えた。
葉擦れや鳥の鳴き声が耳に入り、長い沈黙が続いた。
二人でこうして居る事や沈黙に耐え切れず仙蔵は立ち上がった。
「委員会の用件でも有るのか?会計委員長。折角探して呉れたのだから聞いて遣るとするか。此処だと面倒だから戻るぞ」
「…………行くな」
声を掛けると学園へと戻ろうとした其の腕を文次郎が掴んだ。熱い文次郎の体温が仙蔵に伝わる。
何事かと仙蔵は振り返り、胸が余計に苦しくなった。
文次郎は抱く時と同じ緊張した面持ちで顔を赤く染めていた。
「俺は、お前に言わなきゃいけない事があるんだ。其の、聞いてくれるか?仙蔵」
振り払って逃げ出したい衝動と都合の好い確信めいた想いが交互に仙蔵は襲われ、鼓動が高鳴り過ぎて呼吸するのも辛い。
こんな、相手からの言葉一つで泣きそうなっている自分を必死で抑えながら仙蔵は声すら上げられず、小さく頷いた。
 
 初めて仙蔵と身体を重ねた日の事を文次郎は鮮明に覚えている。
暗闇の中、仙蔵が自分の布団に潜り込んで来たのだ。
嫌かと仙蔵は消え入りそうな程の微かな声で尋ねたが文次郎は返す言葉が見当たらず、仙蔵は其れを肯定と受け取ったらしい。
促がされる侭に文次郎は仙蔵を抱いた。
文次郎は仙蔵が好きだった。
だが此れは決して気取らせてはいけない秘めた想いだった。
其の相手が自分の腕の中で抱かれていた。
朝になり熟睡している仙蔵を目にして文次郎は気が動転した。
慌てて身支度を整えると朝靄の外へと向かった。
一体此れから如何やって顔を合わせれば好いのだろう。そもそも仙蔵は何の目的で自分に抱かれたのだろう。
自分を好きなのだろうかと考えて文次郎は頭を振った。
幾ら何でも其れは都合が良すぎる。
仙蔵は気紛れな性分だから一時の戯れで同室の俺を相手にしたに違いない。己惚れるな、そんな訳は無いのだから。
幾分気持ちを落ち着けると文次郎は食堂へと向かった。
普段と同じように接しなければ仙蔵は聡いから気付いてしまう。
此れは一夜限りの出来事だ。
文次郎は重々自分に言い聞かせて仙蔵の隣に腰掛ける。朝食を食べ終えると漸くの思いで先に行くぞと声を掛けた。仙蔵は普段と変わらぬ声で分かったと答えた。
しかし、文次郎の考えとは裏腹に暫くすると仙蔵は自分の布団に潜り込んで来た。文次郎は面食らったが抗えなかった。
奇妙な関係になったと感じた。
昼間と夜の仙蔵が余りにも違い過ぎて文次郎は混乱した。
昼間は以前と変わらぬ態度だが夜になれば仙蔵は部屋から姿を消して何処かへ出掛けて行く。そうして寝静まる頃になると暗い部屋に戻って来て眠るのだ。
時折、自分を誘うので文次郎は其れに答えた。
本当は、何で俺に抱かれる?夜に居なくなるが何処へ行ってるんだ。お前は俺を如何したいんだ等と問い質したい。だが仙蔵の答えを恐れるあまり、文次郎は口を噤んでいた。
まさかと考えるようになったのは此の頃だった。
夜目に浮かぶ仙蔵の指が心成しか躊躇うように自分に触れたのだ。よくよく思い返すと最初に誘った時、仙蔵の手は震えていた。
仙蔵は気紛れで俺を相手にしてないんじゃないか?
まさか仙蔵も俺を好いているんじゃないか?
好きだとは一度も告げていないし相手も言ってない。
ただ身体を求められれば重ねてきただけだった。
言わなければいけないと文次郎は痛切に感じた。
此の侭だと期待ばかり膨らんで俺は如何しようも無くなる。早く伝えてしまえば好い。一時の相手なら今後は止めてくれと別の奴と寝てくれと伝えなければ俺が堪らない。
文次郎は其の日、仙蔵の姿を探した。
通り縋りの生徒に見掛けなかったかと尋ねて体育委員の下級生から東屋に向かっていたと知らされ、文次郎は駆け出した。
此方に気付いたのか東屋に近付くと仙蔵が身体を起こした。機嫌でも悪いのか無言で自分を見詰めている。
「寝起きか?」
目尻に涙の跡があるのを見付けて文次郎は声を掛けた。
「まあな」
「そうか……お前、何処に居るのか分からないから探したぞ」
「多忙なお前が私を探すなんて珍しい事もあるものだ」
返さなければと思ったが此れから伝えるのだと意識してしまい言葉が続かなかった。長い沈黙が訪れた。
たった一言だった。好きだと告げるだけだった。
「委員会の用件でも有るのか?会計委員長。折角探して呉れたのだから聞いて遣るとするか。此処だと面倒だから戻るぞ」
「…………行くな」
咄嗟に文次郎は仙蔵の腕を掴んだ。今此処で伝えなければ恐らく二度と言える機会は訪れないかもしれない。
振り向いた仙蔵の顔は何処か怯えているように見えた。
「俺は、お前に言わなきゃいけない事があるんだ。其の、聞いてくれるか?仙蔵」
心臓は際限なく鳴り響き、喉は矢鱈と渇いていた。
自分の顔がとうに赤いのは分かっていたが掴んだ指先から伝わる仙蔵の鼓動も酷く早い。泣きそうな顔をしていると思った。
文次郎はごくりと唾を飲み込むと仙蔵を見詰めた。
「俺はお前が――――――」
 
 
其の身体を重ねて七度。
好きだと口にしなければいけない。
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