忍者ブログ


793
版権同人小説ブログ
75  74  72  63  58  57  48  45  40  39  34 
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「今日は誰も居ないのかい?」
珍しく他に人の気配が無い医務室を眺めながら雑渡崑奈門が尋ねると丁寧に御茶を入れながら善法寺伊作が答える。
「新野先生は所用で不在にして居ます。当番の下級生達は薬草摘みで出掛けて……今日はまだ怪我の生徒も居ないし、病気で寝込んでいる者も居ません」
至って長閑な日ですと言うと注ぎ終えた御茶を雑渡の前に置いた。何時の間にか自分用に用意された湯呑から上等な茶の香りがしており、少し熱い湯呑を持つと翡翠色の茶を眺めた。
「随分と静かだね」
「普段が賑やか過ぎるんですよ。下級生達が戻ってくる暫くの間は僕一人での御相手になりますが……役不足ですか?」
「いや、全く問題無いよ」
頭巾を口元だけずらすと器用に茶を啜った。程好い甘みの味が舌に拡がり、後味として多少の苦味が残る。
「此処で呑む御茶は格別な味だね」
「学園長が取り寄せてる茶葉を特別に分けて貰ってるんです。御客人には此れを必ず出しているんですよ」
別の意味合いを含んだ言葉だったのだが伊作は動じなかった。
鈍い訳では無いのはとうに知っている。これはそうゆう子供だ。
其処が気に入っているのだが。
「今日も学園の近くまで来たから寄ったんですか?」
「そう、偶々ね」
白々しい嘘を吐いても目前に居る少年は顔色一つ変えない。
穏やかな表情でこうして自分と他愛も無い世間話を続ける。
今迄に雑渡が忍術学園の医務室に来訪した際に年上の少年達と顔を合わせる機会が幾度もあった。誰もが当惑した表情で此方と如何接すれば好いのか見当が付かない状況に陥っていた。
伊作と同じ忍び装束の少年達は挨拶を交わすものの用件を終えると足早に医務室を退出して行く。
懐いているのは医務室に居る幼い少年達だけだ。
「伊作君」
「何ですか?」
「私といけない事をしようか?」
反応見たさに湯呑を床に置きながら誘うと伊作が顔を綻ばせた。
「仰っている意味が全く分かりませんね。其れよりも好い加減、僕の事を眺めるの止めて頂けませんか?視線って、結構な暴力なんですけど」
「言っている意味が全く理解出来ないな」
同じ言葉で返すと伊作の鋭い視線が雑渡に向けられた。
しかし年齢が一回り以上も上の雑渡からしてみれば、其の程度の睨みは寧ろ可愛いとすら感じる程度に過ぎない。
「私はね、君に興味が有るんだよ」
顔を合わせた際に雑渡は伊作に忍に向いていないと告げた。すると伊作は事も無げに皆もそう言うと答えたのだ。
忍術を学ぶ学園に居て向いてないと言われたならば、腹を立てたり傷付いたりするのが当然だと思っていたから驚いた。
恐らくは其れが切っ掛けの一つなのだろう。
「無くて好いですよ、興味なんて。迷惑なだけですから」
「折角の好意なんだから受けて呉れても好いんじゃないかな?」
「丁重に御断り致します」
僕にだって選ぶ権利が有りますからと冷たく言い放つ伊作に目を細めると雑渡は一瞬の隙を突いて手首を掴んだ。伊作が抵抗するより其の身体を床へと組み伏せる。
片手で両手首を掴み頭上へと持っていき、足は絡め取り身動き一つ出来ない状態にした。
「何の冗談ですか?此れは」
「冗談だと思う?」
掴んでいる手首に力を込めると伊作の口から息が漏れる。
仰向けにされた伊作の顔色は蒼白になっていたが其処に怯え恐怖といった感情は見受けられない。只、強い怒りが見えた。
本来の彼は激情の持ち主なのだろう。
柔和で穏やかな人柄に徹している此処から其の感情を引き出して、露わにするのは思わず口元が緩む程に甚く愉しい。
更に見ようと雑渡は伊作に優しく問い掛けた。
「例えばの話だけどね?私がこうして君に悪戯をするとするだろう。其れと引換えに他の生徒には一切危害は加えないと約束したら……君は、如何する?」
「詰まり、僕自身と学園皆の命を秤に掛けろと」
「簡単に言うとそうだね」
「そんな約束は守られないと知っているから絶対にしませんね」
揺るぎもしないで雑渡の目を見詰めた侭、伊作は言い放った。
雑渡は瞬きをすると笑い声を上げた。
「君は手強いね。本当に心優しいのなら身代わりになるだろうに」
「満足したなら手を離して呉れませんか?不愉快です」
「小さい子達が戻って来たら困るか」
力を緩めると伊作は起き上がり手首を擦った。
「君は忍になるのかい」
伊作から離れると雑渡は立ち上がった。そろそろ帰る頃合だ。
「此処に居るのだから、そうなる予定ですけど」
「以前、君に忍に向いてないと言ったのを覚えているかな?」
「………………」
「其の君が一体何処の城に行けるのか凄く気になるなあ」
「悪趣味な人だ」
低く唸る様に呟く伊作に微笑むと雑渡は医務室の戸を開けた。
 
学園の敷地外まで戻ると草臥れた部下の諸泉が居た。
「あれ?若しかして待っていたの」
「当然じゃないですか。何で組頭より先に帰れるんですかっ。其れよりも、用事は済みましたか」
「済んでないから、また行かないとね」
「またですか?こんな所に入れ込む理由が分かりません」
「君ねえ……こんな所って言うけど、此処は特異なんだよ」
広大な敷地には立派な建物が何棟もあり傍目には重厚そうな外壁と正門から貴族や武家の屋敷だと思われている。
整えられた設備で徹底的に指導する教師達の多くは、嘗て忍の間で名を馳せた凄腕の持主だ。其れ等を呼び寄せて多大な金を注ぎ込んで学園を作り上げたのは一人の老人だった。
伝説の忍と称される其の老人は忍の里に居る子供では無く、農民や商人武家の子供を選んだ。其処にどんな目的があるのは気にならないが、人脈の広さと金の出処は気になる。
……若し、あの老人が本気になったら城一つ潰すぐらいは造作も無い事だろうな。
そうした場所があるのなら警戒しておいて損は無い。
「しかしまあ、とんだ酔狂だね」
何がですかという諸泉の問い掛けには答えなかった。
いや、答える事が出来なかった。
何か妙な引っ掛かりを感じていた。人としての本能と忍としての研ぎ澄まされた感覚が漠然とした不安で警告を発している。何かが違うと。
其れが何かを探る為に思考を巡らせて漸く解けた時、雑渡の全身からじんわり汗が出た。
部下を其の場に留めると雑渡は医務室へと急ぐ。
迂闊だった。余りにも違和感が無かった。
忌々しい己の愚かさに舌打ちしたい気分だった。
医務室の戸を開けると雑渡は呻いた。其処には誰も居なかった。
薬棚へと目を向けたが施錠が施されている。此の施錠を開けるのは容易いが、問題は解毒に必要な薬がどれかという事だった。
一体……何の毒を飲まされていたんだ?
此処に訪れると必ず二回、最初と最後に御茶を注がれていた。
一杯目には毒を二杯目には解毒薬が仕込まれているものを。
相手が一人なら気付いたかもしれないが、御茶は常に違う生徒により注がれていた。医務室に治療に来た生徒が挨拶代わりに、または医務室の子供達が当番を決めてしていた。
騒がしい子供達が行き来する医務室で此方に不審を抱かれず、毒の御茶を用意が出来るのは彼しかいない。
「あー、雑渡さんだ!」
振り返ると廊下の奥から歓声と共に淡い青の忍び装束を着た子供達が駆け寄って来た。後から薬草を摘んだのだろう、笊を脇に抱えた少年がひたと自分を見た。
悠然と口の端に穏やかな笑みを浮かべている。
「遅いから心配しましたよ」
傍らを通り過ぎて腰に巻いた鍵を開けながら、雑渡に纏わり付いている少年達に中身を縁側に敷き詰めるよう指示を与えた。
またねと手を振るので返すと笊を持って飛び出していく。
「御茶を入れる暇が無いので此の侭で失礼しますね」
「此れは、信用しても好いのかな?」
「学園内での殺人は禁止されていますから大丈夫ですよ。何なら飲んで差し上げましょうか?」
「結構、此れを頂こう」
手渡された頓服薬を握ると雑渡は問うた。
「其れよりも殺せる威力の薬を飲ませた相手に二杯目を出さないのは不親切じゃないかな?」
「貴方程の忍なら気付く筈でしょう?また何時でも来て下さいね。美味しい御茶を煎れて上げますよ、雑渡さん」
そう答えると伊作はにこりと笑い掛けた。

 
PR
カウンター
リンク
アクセス解析
Edit by : Tobio忍者ブログ│[PR]