忍者ブログ


793
版権同人小説ブログ
74  72  63  58  57  48  45  40  39  34  32 
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

其の日は珍しく彼は居なかった。
いや、彼だけでは無く医務室に顔を合わせる子供全てが居なかった。
出払っていると涼やかな声音で告げられたが計られているに違いないと雑渡は感じた。
用意された湯呑には淹れ馴れていないと理由で茶の替わりに白湯を注がれている。
長い艶やかな髪が当人の動きと共に緩やかに肩から流れ落ちていく。
其の様子を眺めていると静かに湯呑を置かれた。湯呑からは湯気が出ておらず大分冷めているようだった。
「君は此間も此処に来た子だね」
此間という問い掛けに視線を天上に向けて暫し黙ると目前に居る相手は嗚呼と声を上げた。
「そうですね。貴方が居る時に一度ですが顔を合わせていますね」
「あの時は横にもう一人、君とは形が異なるけれど美童が居たなぁ」
「食満…ですね。食満留三郎」
そう答えると嫌味な程に整った容姿の少年は雑渡の目線を捉えた。
「アレの相方になります」
「ああ、そうなの」
アレとは誰を指しているか当に見当は付いている。
湯呑に注がれた白湯を一口飲んでみたが、矢張り冷めていた。
「それで?君が此処に居る理由は」
「理由ですか……。率直に申し上げれば、貴方はアレを如何するつもりなんですか?」
「如何するねぇ」
「伊作は自分の領域へ許しを得ずに這入り込む人間に対して手厳しいでしょう?」
「そうだね。彼は私にはとても冷たいね」
「其れに加えて人の好き嫌いが実に激しい」
「うんうん」
「貴方が此処を頻繁に訪れるようになってから、アレは苛立つ機会が増えまして。勿論御存知でしょうが、外見を最大限に利用しておりますので一見には容易に分かりません」
少年は其処まで言うと自分の為に注いだ湯呑に口を付けると口の端に笑みを浮かべた。
何処か面白がっているようにも見受ける笑みだった。
湯呑を置くと、只と言葉を続けた。。
「只、我々には確実に実害が及んでおります」
「成る程。君は私に頻繁に学園には来るなと告げに来たのか」
いいえと少年は首を横に振った。
「私には実害は嘗て一度も有りませんが頼まれまして……貴方も良く存じている者から」
「誰かな?」
「曲者と貴方を呼ぶ奴です」
「あの子か……」
毎回訪れる度に執拗に自分を追い掛けて来る生徒の顔を思い浮かべた。
「頑張り屋だよね、彼は。忘れずに顔を見せてくれるしね」
「奴が私の相方でして、奴の意見に同意した訳でも、貴方が伊作に執着し其れに因り伊作が苛々しようとも私には到底関係有りません。しかし……得体の知らない者が此処に居るのは矢張り不快に感じる」
丁寧な口調を止めた少年は目を逸らさずに雑渡に向けて言った。
揺るがない態度に大したものだと感心した。
仮にも目前に居る忍の実力を知っていながら少年は全く此方に飲み込まれない雰囲気を纏っている。
他の少年ならば目を逸らしたり恐れを抱いたりするものを。
「何が目的か知りたいかい?」
其れでも雑渡から見れば幼い事に変わりは無い。
少年は雑渡の問い掛けにくつくつと笑い声を上げて答えた。
「其れが本当の目的なら…ですがね」
「伊作君がね、堕ちたら愉しいなぁと思って此処数日は来ているよ」
「趣味の悪い御仁だ」
「そうかい?まあ、此れから暫くは忙しいから来ないと思うよ」
「伊作に伝えたら喜びますよ。アレは薬草園に居ますから帰る序でに顔でも見せて上げて下さい」
「有難う」
礼を述べると雑渡は建て付けの悪い引戸を開いた。
がたりと音を上げて戸を潜ると後ろから少年の声が掛かった。
「余り、伊作を突付かないで頂きたい」
途中まで足を進めると雑渡は少年の方へ視線だけ向けた。
「如何しても駄目かい」
愉しいんだけどなと言うと少年は戸口に凭れる。
「アレも私も……此処に居る者は全て未だ卵ですので」
「突付いて割れたりしたら大変だね」
「そんなに繊細な卵では有りませんよ、我々は」
一旦、引戸から身体を離すと少年はまた笑った。
「中は可愛い雛では無く、鵺かもしれませんし……なに、忠告だ。手を出せば痛い目に遭うぞ」
既に一度、毒入りの御茶で多少の手痛い目には遭わされいる。
雑渡は答えずに微笑むと代わりに一言返した。
「君、私の処に来るかい?」
「…………………」
少年は其処で初めて子供らしい表情を浮かべたが直に消えた。
「さあ、まだ何になるか決め兼ねておりますもので」
「其れは残念だな。君みたいな子が居ると面白そうなんだけどな」
「褒めて頂き光栄です」
去り際に名前を尋ねると少年は立花仙蔵と短く答えた。


薬草園に辿り着く手前に雑渡の前に部下の諸泉が現れた。
「やあ」
「やあ、じゃないでしょうが。何時まで居るんですか?帰りますよ」
「医務室の子供達に会ってないから、まだ帰らないよ」
「………組頭、此処が好きなんですね」
「うんそうだね。ほら、帰るとむさ苦しいから此処で安らでるんだよ」
「ああ、そうですか」
部下の嫌味など聞き飽きているので雑渡は薬草園の垣根から声を掛けた。
「久し振り、伊作君」
「昨日も御会いしましたよね?」
此方に目も呉れず栽培されている薬草という名前の毒を摘み、伊作が返す。
「わざわざ生徒の少ない合間を縫って……御苦労様です。暇なんですね」
「そうゆう訳でも無いよ。遣る事は沢山有るし」
「では滞ると大変ですから、御帰りになったら如何ですか」
「帰る前に一目顔を見ておこうかと思って。君の御学友、立花仙蔵君から聞いてね」
「……………仙蔵が?」
名前を聞いた瞬間、伊作は手を止めると訝しげに雑渡を見た。
医務室に居た事を告げると此方に遣って来た。
「彼が医務室に居たんですか?」
「そうだよ。仲が好いんだね、君達は。忠告されちゃたよ」
何をとは聞かずに伊作は袂から変哲も無い白い手拭いを取り出すと雑渡に差し出した。
「此れを」
其の布は見覚えがあった。
後ろに控えている部下の諸泉が動揺したのが分かった。
「中々分かり易い所に隠されていたので簡単だったと言ってましたよ」
誰がとは聞かずに雑渡は笑顔で白い布を受け取った。
此の白い布は数日前に新人育成の為に城の内部に隠したものだった。
……隠したのが部下君だから驚くのは分かるけれど平然としていないとね。
「簡単だったって、部下君」
「え……っ。あ、ああ其れは申し訳有りません」
「私に謝ってもね。此れを持って来たのは立花君なのかな?」
「また違う者になります」
「ああ、そうなの。また違う子なんだ」
若干愉しかった気分が殺がれ雑渡は息を吐いた。
漏れた経緯は調べてみないと分からないが隠したのは二三日前だと報告されている。
其処から昨日迄の間に誰も子供が侵入した事実に気が付かなかった。
実に頭が痛くなる大問題が圧し掛かる。
鵺ねえ……。
先程聞いた言葉が頭に浮かび雑渡は不図思う。
そもそも忍とは鵺のようとも言える。正体が杳として定まらない妖のような存在。
確かに此処の卵から孵る者は可愛い雛ではないようだ。
雑渡は笊の中にある草を仕分けている少年の名前を呼ぶ。
「伊作君」
「何ですか?」
矢鱈と機嫌の良い声で返事をされたので雑渡は苦笑した。
「君達は、鵺の子供だよ」


PR
カウンター
リンク
アクセス解析
Edit by : Tobio忍者ブログ│[PR]