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版権同人小説ブログ
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綾部喜八郎が食堂の席に着くと隣に座る平滝夜叉丸が微かな声を上げた。
視線を追うと食堂の入口に最上級生の団体が談笑している。
其の中に立花仙蔵の姿があった。喜八郎は滝夜叉丸が立花仙蔵に対して過剰な程の憧れを抱いているのを入学当初から把握しているので椀に口を付けながら、密やかで重い嘆息を吐いた。
「今日も御美しい……」
目を綺羅綺羅とさせながら滝夜叉丸が言うので喜八郎は危うく味噌汁を吹きそうになった。
ぐっと堪えて飲み込んだが抑えが足りなかったのか、こほと咳をしてしまった。
案の定、其の音で滝夜叉丸の視線が此方に向かった。嫌な展開だと喜八郎は思った。
「お前もそう感じないか?喜八郎」
「え?何が」
先程の言葉など微塵にも届いてませんという態度に徹しようと返したが、運悪く空いてる自分の隣に同じく憧れを抱いている同級生が座った。彼の目線も立花仙蔵を追っていた。
「素敵だなぁ……」
「三木ヱ門。立花先輩の御姿、今日も好いな!」
滝夜叉丸の言葉に好敵手の田村三木ヱ門は大きく頷いた。
「ああ。朝からきちりとしていらっしゃるしな」
「六年生の大半が朝は寝惚け眼で欠伸ばかりしているのに先輩だけは違う」
「寧ろ欠伸をする姿すら一枚の絵のようだ」
……くだらない。
尚も褒めちぎる会話を無視して喜八郎は只管、箸を進めた。
長い滝夜叉丸の口上を聞かずに済んだのは幸いだが此れも此れで最悪だった。
其れに委員会で目にする彼を知っている喜八郎には聊か一つの疑問を抱いている。

朝から身支度が整っているが当人が全てしているのだろうか?と。


其の立花仙蔵の朝は何時も同室の潮江文次郎の声から始まる。
「好い加減に起きないか」
偶に軽く蹴りなど入るが概ね此れを合図に敷き布団を捲り、軽く唸りながら身を起こす。
長い黒髪が視界を覆うので此れ幸いと重くなる瞼に逆らわず目を閉じようとすると文次郎の手が布団を引き剥がしに掛かるので、仕方無く這いずり床へと移動する。
既に身支度を整えた文次郎が自分の布団を片付ける間、仙蔵はぼんやりと其れを眺めるのが日課だ。
未だ眠りの海から浮上しない思考が眺め終る頃に漸く目覚める。
前日に大抵用意されている忍装束に手を伸ばすと仙蔵は盛大な欠伸をしながら寝間着を脱いだ。
何も言わずに文次郎が脱いだ寝間着を畳み部屋の隅に溜まる仙蔵の着替えの上に置いた。
上を羽織ると仙蔵は結い紐を掴んで部屋を出た。
後から続けて出て来た文次郎が上から下まで仙蔵の姿を見ると止まれと呟いた。
素直に足を止めると適当に来ている忍び装束を直していく。
先に食堂へと向かう幾人もの級友の朝の挨拶を文次郎は短い言葉で、仙蔵は手を振り答えた。
其の通り過ぎて行く級友の中に善法寺伊作と食満留三郎が居た。
「御早う。仙蔵、文次郎」
朝からにこりと愛想良く笑い掛ける伊作とは対照的に留三郎は眉間を皺を寄せている。
「今日も相変わらず、だらしない恰好だな。髪は如何した」
仙蔵が結い紐を差し出すと文次郎と留三郎は仙蔵を壁に寄せる。伊作が袂から櫛を留三郎に渡すと手馴れた手付きで仙蔵の髪を櫛を梳き、一つに纏めると結い紐を巻き付ける。
「仙蔵、後で顔を洗いなね。目脂が付いてるよ」
「分かった……」
苦笑する伊作に袖で目を擦りながら返事をすると着付けと髪結いを行なっていた二人が小突いたので仙蔵は歩き出す。後ろでは文次郎と留三郎が委員会絡みや授業内容の話をしている。
其れを耳にしながら隣を歩く伊作の他愛の無い短い会話を行ないながら賑やかな食堂の戸を潜った。
こうして常に立花仙蔵の朝は当人以外の手により身支度が整えられている。
最も寝起きの良くない仙蔵に対して初めの頃は誰も手を貸さなかった。
余りにも改善が行なわれず、酷い恰好なので我慢出来なくなった文次郎と留三郎が口出しから手出しに変え紆余曲折が色々とあり現在の状態に落ち着いた。
既に六年の歳月を迎えている為に同級生の誰もが疑問にすら感じない日常の光景だ。
但し、下級生にだらしない恰好を最上級生として晒すなという事で仙蔵の身支度は常に六年寮の廊下で整えられている。


綾部喜八郎のように疑問視する者や憧れを抱く平滝夜叉丸や田村三木ヱ門達多くの下級生は立花仙蔵の真実の朝を知らない。
其れが潮江文次郎と食満留三郎の二人により成り立っているという事を。



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