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版権同人小説ブログ
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通り過ぎてから視界の隅に何だか見慣れない物体が混入されていた事実に気付き、小平太は足を止めるとくるりと反転し寮の縁側へと引き返した。
「仙蔵、赤ん坊なんて何時産んだんだよ!」
縁側に腰掛け産着に包まれた赤子の頬を突付いている立花仙蔵に走り寄りながら声を掛けると仙蔵は顔を上げ、至極真面目な顔で答えた。
「つい先刻。伊作が産んだ」
「え、僕が産んだの?……じゃあ、仙蔵の妻の伊作です」
仙蔵の隣で赤子を抱き抱えている善法寺伊作が続けて言うと仙蔵が声を上げた。
「夫婦なのか?」
「違うの?」
「……………。夫の仙蔵です」
「へー。で、御夫婦、子供の名前は何て言うんですか?」
小平太の質問に二人は顔を見合わせるとぼそぼそと小声で
「此れは…雄か?雌か?」
「知らないよ、僕」
「名前……」
「何か適当に仇名付けときなよ」
と話し合いをすると仙蔵は軽く唸り此方に目を向けた。
小平太は仙蔵の視線に嫌な予感を覚えた。
「小平太と言います」
「……俺の名前を勝手に赤ん坊に付けんな」
「あーあ、駄目だよ小平太。そんなに涎垂らしちゃあ…」
「そうだぞ。ほら、此処まで這いずって来い、小平太」
ぱんぱんと手を叩く音に床に置かれた赤子は反応し小平太が想像していたよりも速く仙蔵の傍に這って行き、太股に手を付くと楽しげに笑った。
「あはは、笑ってる」
「ははは、登って来たら如何したら好いんだ?」
「さー?乳飲み子の扱いなんて知らないよ、僕」
赤子は小さい手を仙蔵の太股に力強く置きはしはしと横断すると縁側の端に腰掛けていた小平太の方へと向かって来た。小平太は思わず腰を浮かすと縁側から一歩離れた。
何処へ行くと仙蔵が赤子の衣を掴み自分の方へと方向転換させる。
小平太が安堵の息を漏らすと伊作が笑みを浮かべ言った。
「小平太、赤ん坊恐いの?」
其の言葉に仙蔵も此方を見たので小平太はまさかと笑い飛ばした。
「恐いわけないだろ。たかが赤ん坊だぜ?」
しかし、恐かった。
赤子に触れた事も間近で見た事も今迄無かったのだ。
全くの未知の生物を如何扱って好いのか見当も付かないので対応に困っていた。
「ふぅーん。じゃあ、抱いて上げなよ。折角の機会だし」
「なっ!じょ、冗談じゃない!」
慌てて返した言葉に気付いたが既に時は遅く仙蔵と伊作は満面の笑みを湛えている。
如何して俺は自分で自分の足を引張るんだろう……?
ぼんやりと反省していると伊作が立ち上がり赤子を持ち上げた。
脇の下に手を入れられた赤子は宙に浮いた状態で伊作が動くと大きく身体が揺れた。
「ほら!抱いて上げなよ」
伊作が此方に一歩近付くので小平太は一歩後退した。
「来るな」
「何で?」
じりじりと伊作が赤子を持った侭迫るので小平太は中庭を歩き回る羽目になった。
「止めろって!おい、伊作!」
「抱くぐらい出来なくて如何するんだい?ほらほら」
「其の内出来る様になるから好いんだよ」
「其れなら今から馴らしておけば?小平太も抱いて欲しいよねぇ?」
「俺の名前で赤ん坊を呼ぶなっ」
突然、赤ん坊の顔が大きく歪んだかと思うと火が点いた様に激しく泣き出した。
「あらら、小平太のせいで泣いちゃったよ」
「俺じゃなくてお前のせいだろ。あやして泣き止ませろよ」
伊作は泣いている赤子の顔を自分の方に向けると首を傾げ優しく一言言った。
「泣き止んで?」
「泣き止むか!」
小平太の言葉に伊作はむっとした様子で口を尖らせた。
「さっきも言っただろ?僕は乳飲み子の扱いなんて知らないんだよ。大体今日初めて抱いたんだから分かるわけもない」
赤子は顔を真っ赤にして大きな声で未だ泣き止む気配すら見せない。
「凄い声だな……」
仙蔵も傍に来ると厭きれた顔で赤子を覗き込んだ。
三人で耳に鳴響く赤子の泣き声に黙って耐えながら途方に暮れていると聞き慣れた声がした。
「おい、何だよ此れ。猫が盛っているのか?」
助けが来たとばかりに小平太は其の名を期待を込め、呼んだ。
「文次郎!」

名前を呼ばれた潮江文次郎は一瞬たじろいだが直に伊作に持ち上げられた状態で泣き続けている赤子の存在に気付き嘆息を吐くと此方に遣って来た。
「酷い抱き方してるな…お前。此れじゃあ赤ん坊が可哀想だろう。ほら、貸せ!」
半ば強引に伊作から赤子を取上げると小平太が何度か町で見掛けた母親が赤子を抱き抱えている光景と同じ様に文次郎が赤子を抱き抱え軽く背中を叩いた。
最初泣いていた赤子も暫くすると泣くのを止め大人しくなった。
「手馴れているな……故郷に子供がいるのか?」
仙蔵の言葉に文次郎は赤子の頭を撫で答えた。
「いるか、馬鹿。俺の故郷は昼間、男も女も仕事に向かうから暇な子供皆で近所の赤ん坊の面倒をみながら遊ぶんだ。だから、慣れてるだけだ」
「何だ、詰まらん」
「其れより如何したんだ、此の赤ん坊。誰かから預かったのか?」
「ああ、一年のきり丸に糞してくる間だけ預かっていて欲しいと頼まれた」
「嫌だなぁ、仙蔵。糞じゃなくてウンコでしょ」
「変わんねぇよ」
畳み掛ける様に小平太が伊作に言うと文次郎は此処だと眩し過ぎると呟き縁側に行った。
腰を下ろした文次郎の周囲を三人で囲むと大人しくなった赤子がまた笑った。
「お前等、赤ん坊の世話した事無いだろ?」
文次郎がそう言うと仙蔵が当然と答えた。
「今日初めて触った」
「僕は子供の時触らして貰った事はあるけど抱いた事は無い」
「近くで見たのは今日が初めてだ」
其の言葉に驚いたのか文次郎は小平太の顔を見た。
小平太も文次郎の顔を見返す。
「初めてか……小平太、触ってみるか?」
「え?……大丈夫なのか?」
問い返すと軽い口調で文次郎が大丈夫だと言うので小平太は恐る恐る赤子の頬に触れた。
軟らかい感触が指を伝う。
おお、凄ぇ……。
初めての経験に少し感動しているとついでにと文次郎が口を開いた。
「抱いてみるか?」
「其れは無理!だって、泣くだろう?」
「そりゃあ抱き方が不味ければ泣くな。俺が教えて遣るから……な?大丈夫だって」
「…………。お前が言うなら遣ってみるよ」
「僕の時とは大違いだね」
「お前のは誘ってるんじゃなくて脅しに近いんだよ」
小平太は文次郎の隣に座ると指示されながら赤子を胸に抱いた。
軟らかいが力強い生命力が漲っている赤子の身体は温かく、落としてはいけないという気持ちから小平太は酷く緊張した。
赤子の顔を見ると何だか心細げな表情を浮かべている。
「小平太、落ち着け。そんなに緊張しなくても大丈夫だ」
「お前の強張りが赤ん坊に伝わっているぞ」
「ぎこちないね…御互い」
「おおお落ち着けって言われても落ち着けるか……。早く、替われよ!」
「分かった分かった」
胸から小さな重みが消えると小平太は深く息を吐いた。
「面白いな……手の中に指を入れると必ず握るんだな」
「意外と力強いよねー中々離さないし」
「疲れたか?小平太」
「いや…まあ、少しな」
口を濁すとすいませーんと幼い声が中庭の端から届いた。
見るときり丸が此方に駆けて来る。
「迎えが来たな」
仙蔵が文次郎の腕に抱かれた赤子の顔を覗き込み告げると赤子は小さな手をぱちぱちと合わせた。
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