名前を呼ばれた潮江文次郎は一瞬たじろいだが直に伊作に持ち上げられた状態で泣き続けている赤子の存在に気付き嘆息を吐くと此方に遣って来た。
「酷い抱き方してるな…お前。此れじゃあ赤ん坊が可哀想だろう。ほら、貸せ!」
半ば強引に伊作から赤子を取上げると小平太が何度か町で見掛けた母親が赤子を抱き抱えている光景と同じ様に文次郎が赤子を抱き抱え軽く背中を叩いた。
最初泣いていた赤子も暫くすると泣くのを止め大人しくなった。
「手馴れているな……故郷に子供がいるのか?」
仙蔵の言葉に文次郎は赤子の頭を撫で答えた。
「いるか、馬鹿。俺の故郷は昼間、男も女も仕事に向かうから暇な子供皆で近所の赤ん坊の面倒をみながら遊ぶんだ。だから、慣れてるだけだ」
「何だ、詰まらん」
「其れより如何したんだ、此の赤ん坊。誰かから預かったのか?」
「ああ、一年のきり丸に糞してくる間だけ預かっていて欲しいと頼まれた」
「嫌だなぁ、仙蔵。糞じゃなくてウンコでしょ」
「変わんねぇよ」
畳み掛ける様に小平太が伊作に言うと文次郎は此処だと眩し過ぎると呟き縁側に行った。
腰を下ろした文次郎の周囲を三人で囲むと大人しくなった赤子がまた笑った。
「お前等、赤ん坊の世話した事無いだろ?」
文次郎がそう言うと仙蔵が当然と答えた。
「今日初めて触った」
「僕は子供の時触らして貰った事はあるけど抱いた事は無い」
「近くで見たのは今日が初めてだ」
其の言葉に驚いたのか文次郎は小平太の顔を見た。
小平太も文次郎の顔を見返す。
「初めてか……小平太、触ってみるか?」
「え?……大丈夫なのか?」
問い返すと軽い口調で文次郎が大丈夫だと言うので小平太は恐る恐る赤子の頬に触れた。
軟らかい感触が指を伝う。
おお、凄ぇ……。
初めての経験に少し感動しているとついでにと文次郎が口を開いた。
「抱いてみるか?」
「其れは無理!だって、泣くだろう?」
「そりゃあ抱き方が不味ければ泣くな。俺が教えて遣るから……な?大丈夫だって」
「…………。お前が言うなら遣ってみるよ」
「僕の時とは大違いだね」
「お前のは誘ってるんじゃなくて脅しに近いんだよ」
小平太は文次郎の隣に座ると指示されながら赤子を胸に抱いた。
軟らかいが力強い生命力が漲っている赤子の身体は温かく、落としてはいけないという気持ちから小平太は酷く緊張した。
赤子の顔を見ると何だか心細げな表情を浮かべている。
「小平太、落ち着け。そんなに緊張しなくても大丈夫だ」
「お前の強張りが赤ん坊に伝わっているぞ」
「ぎこちないね…御互い」
「おおお落ち着けって言われても落ち着けるか……。早く、替われよ!」
「分かった分かった」
胸から小さな重みが消えると小平太は深く息を吐いた。
「面白いな……手の中に指を入れると必ず握るんだな」
「意外と力強いよねー中々離さないし」
「疲れたか?小平太」
「いや…まあ、少しな」
口を濁すとすいませーんと幼い声が中庭の端から届いた。
見るときり丸が此方に駆けて来る。
「迎えが来たな」
仙蔵が文次郎の腕に抱かれた赤子の顔を覗き込み告げると赤子は小さな手をぱちぱちと合わせた。
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