三年四年は犬猿の仲だ。
一体如何してなのかは当人達も上手く説明出来ない。
只何だか凄く御互いの存在が気に食わないのだ。
火種は何処にでもあり常に喧嘩の炎へと燃え盛れる。
今日とて会計委員の仕事中に並んで作業をしていた三年の肘が当ったと四年が口火を切ると難癖付けたと三年が返し双方の睨み合いが始まった。
喧々囂々と続く言い争いに五年は我関せずといった顔付きで作業に没頭している横で成行きをチラチラと見ている二年の姿があり、一年は迷惑そうに眉根を寄せている。
最上級生の六年の二人は嘆息を付くと委員長である同級の潮江文次郎へと目を向けた。そもそも言い争いが続くとこの男の一喝が発しられるのだが如何した事か何も言わず黙々と書類に目を通している。
明日は雨でも降るのだろうかと思っていると大きな物音がした。
振り返ると四年が三年の胸倉を掴んでおり此れから殴り合いが起こるのは最早明白だった。流石に其れは拙いだろうと六年が声を上げようとした瞬間、かたりと潮江が筆を置いた。
「おい」
落ち着いた其の声に全委員の視線が集まる。
三年と四年は身を竦ませ他の学年は次に発しられる怒号に備えた。
潮江は三年四年の生徒の顔を一頻り見詰めると静かに言った。
「あんまり騒ぐと俺がお前等を、こうギュ…ッと抱き締めるぞ」
丁寧に抱き締める様子を仕草で示すと潮江は何事もなかったかの様に作業に戻った。
六年は聞き間違えたのかと互いに目を合わせ首を傾げた。
五年は動揺しながらも我関せずの態度を貫こうと努めた。
二年は真面目に言った委員長の言葉に恐怖を感じ、一年は本気で言ったのだろうかと訝しがりながらも其れを質問出来ずに居た。
先程までの騒がしさが一気に打ち消しられ口争いを続けていた三年と四年はぽかんと口を開けて潮江を眺めていると胸倉を掴んでいた四年の腕を軽く同級の田村三木ヱ門が引っ張った。どうも委員長は本気だぞと読唇術で伝えられると慌てて手を離し着席をした。三年も顔を強張らせ一斉に座った。
本当に潮江文次郎に抱き締められたらと考えると其れは途轍もない恐怖だ。
何時もの様に怒鳴るよりも遥かに恐ろしい言葉に逆らう者は誰一人として存在しなかった。
其の頃同様の言葉が各委員会の委員長から発せられていた。
体育委員では七松小平太が
「再度言うけれどな、問題を起こした生徒が居たら俺がそいつを罰としてギュ…ッと抱き締めるからな!分かったら返事」
と言うと所々で気のない返事が疎らに起こった。
満足気に頷く七松を見ながら三年の次屋は横に居る一年の金吾にぼやく。
「骨折れそうだよな」
「折れるよりミシミシいいそうです」
「加減してくれない感じだし」
「……痛そう」
金吾が顔を顰めると四年の平滝夜叉丸が挙手した。
「質問、好いでしょうか?」
「何何?」
滝夜叉丸は言い辛そうにあのですねと口篭った後、七松の顔を見て言った。
「委員長が問題を起こした場合は如何なるんでしょうか?」
其の言葉に召集を掛けられた体育委員は心中で一斉に滝夜叉丸を喝采した。
問題を起こすのは大抵が委員長であり委員ではない。
なので訳の分からない罰は全く必要無いと委員の殆どが思った。
「俺が起こした場合ねぇ…当番決めて誰かが俺を抱き締めるか?」
「………いえ、その。そうではなくて」
「お前が遣るか?滝夜叉丸」
「……………っ!」
何故あくまでも抱き締める事に拘るのか分からず委員は頭を抱えた。
「という訳で抱き締めるからな、肝に免じろ」
笑顔で言い放つ作法委員長の言葉に委員は曖昧な笑みを浮かべた。
昨夜行われた委員長会議で一体何があったのだろう?
如何したら罰として抱き締められるという罰則になるのだろう。
此れは委員に対しての嫌がらせとしか思えない。
しかし、だ。
運良く此方の委員長は立花仙蔵だ。
会計委員や体育委員に比べれば随分と状況がましだ。
男に強く抱き締められるのは鳥肌ものだがこの人なら…と内心喜びを感じ密かに拳を握り締める上級生すら居た。
「但し」
笑顔の侭でぐるりと委員の面々を眺めると立花は続けた。
「私は男の身体を抱き締めたくないから問題を起こした場合、作法では私手製の爆弾15連発か完膚無きまで叩き潰されるかのどちらかを選んで貰う」
有無も言わさぬ口調に密かに拳を握った幾人かの背中に冷汗が流れる。
作法の罰則は何処よりも厳しいものとなった。
無口で有名な図書委員長の中在家長次は面倒臭いと呟き作業を投げ出そうとした一年のきり丸を突然後ろから抱き締めていた。
当然状況が飲み込めてないきり丸はうろたえ抗議、の声を上げた。
「ちょ、一寸何すかっ。離して下さいよ!」
「………………」
「中在家先輩っ!!」
声を張り上げたが中在家は何も言わない。
羽交い絞めにされた腕の中できり丸渾身の力を込めてみたが、鋼の様な腕はびくとも動かない。
ならばと足をばたつかせ暴れ中在家の足を蹴り付けるとと更に強く抱き締められた。
「いてぇ!ちょ、先輩本当に痛いってば!いたたたた。御免なさい!御免なさいってば!おい、聞いてんのかよ!いってぇーっ」
きり丸の悲鳴を聞きながら二年の久作は五年の不破に問い掛けた。
「何事ですか?」
「戯れていらっしゃるんだよ。微笑ましいね」
「違うと思いますが……」
図書委員は未だ罰則を知らされていなかった。
保健委員長の善法寺伊作は目の前で委員の仕事を行っている生徒を眺めていた。下級生も上級生も自分の仕事を真面目に取り組んでる。当番は守る上に仕事の要領を得ていない生徒には直に誰かが助け舟を出す。
「本当。うちでは必要無い罰則だな」
まあ、だからこそ言ったんだけれどね。
各委員に波紋を呼んだ罰を提案した男はそっと微笑んだ。
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