通り縋りの瞬きをする程の一瞬、何だか見慣れぬ光景が視界の端に映った。
雷蔵はつっと足を止めると首だけ後ろに回し確認すると紫の衣を着て廊下を歩いている生徒の後ろ髪や頭に無数の桜の花弁が付いているではないか。
呼び掛けて立ち止らせると雷蔵は其の少年に頭に付いている花弁の事を告げた。
猫によく似た感じを受ける相手は平然と自分の髪に付いている薄紅色の花弁を一つ取り
「先刻、皆で桜の花弁集めて遊んでいたので其の名残でしょう」
と掌にのせた花弁を見せながら答えた。
そういえばと雷蔵は思い出す。
去年までは自分も級友と地面に敷き詰められた花弁を掻き集めては相手に向かって掛けて遊んでいたが、今年は自然と見るだけに止まった。
笑い転げながら走り回っていると風が桜の花を散らせ同時に敷き詰められた桜の花弁も舞い上がる其れはまるで吹雪の様だった。
楽しかったかい?と尋ねると相手は少し首を傾げ困った顔をした。
「楽しかったのですが、運悪く先生が通り掛かり箒で掃く事になってしまって……道具を取りに来たんです」
ああ、其れは運が悪かったねと雷蔵が言うと少年は重々しく頷いた。
「なので今度は掃き集めた花弁で遊ぶ事になったんです。箒二本しか無いので全員分ある方が効率が良くなるので此れから行って来ます」
では先輩失礼しますと行儀良く一礼すると小走りに少年は廊下の先を曲がって行った。
行ってらっしゃいと雷蔵はひらひらと手を振った。
学園から寮に向かっていると桜の木々から声がした。
先程の子達がまだ遊んでいるのだろうかと道を外れ桜の木々へと足を進めると箒を手に桜の花弁を掃き集めている処だった。
「綾部さー絶対逃げたよな」
「だぁかぁらぁ、私は綾部が行くのを止めるべぎだと言ったんだ!」
「滝夜叉丸、今更言っても仕方が無いよ……喜八郎何処行ったんだか」
「あいつ掃除さぼる回数だんとつだよね」
「綾部~見付けたら許さん!」
「平、塵取り貸せよ。早く掃除終えて帰ろうぜ」
同じ組と思われる(内一人は有名な平滝夜叉丸なので恐らく全員い組だろう)少年達は口々に不満を述べながらも掃除を続けている。
雷蔵は先程の少年の名前が綾部喜八郎という事と箒を取りに来たのでは無く掃除からにげて来た事を知り、忍び笑いをしながら其の場から立ち去った。
きっと今頃、綾部喜八郎は長閑に過ごしているに違いない。
そして其の髪には相変わらず桜の花弁が付いている事だろう。
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