忍者ブログ


793
版権同人小説ブログ
39  34  32  30  29  24  23  22  21  20  19 
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

作法委員の仕事は他の委員に比べて格段に少ないと言える。
学園長の思い付きで開催される合戦等が無ければ至って閑だ。
委員会召集が掛けられたとしても何処よりも早く終了する。
普段何をしてるの?と問われば週二回備品の確認ぐらいと答える他は無い。
そして、其の確認は主に一年生が担当させられる。
「下っ端だからって偶には二年が遣れよなー」
「全く……何で私達ばかりに押し付けるんだか。ろ組は?」
「日射病に罹って今日は休むって」
棚の陳列物の数を目で確認すると兵太夫は手元の紙に数を記した。
自分の真後ろで同じ作業をする伝七が嘆息を吐く。
「……弱いな、ろ組は。自己管理ぐらいしとけ」
「いや、もう其れは無理でしょ。だって、ろ組だもん」
「そうだなぁ。兵太夫こっち後二段で終わるけど、そっちは?」
「もう終り。今日の監督生って誰だっけ?」
「綾部喜八郎」
「じゃ、呼んで来るよ。其の間に終らしておいて」
「分かった」
兵太夫は引戸を開けると廊下に出た。
途端に涼しい部屋に比べて暑い空気が蝉の声をと共に押し寄せて来る。
夏だなぁと思いながら兵太夫は少し離れた所にある部屋に向かった。
其処は委員会の時に使用される部屋で普段は空き部屋らしい。
棚の確認を終えた後は監督の役目にある上級生が改めて棚の陳列物を確認して数が合っていたら確認の判を押して貰う。其れから委員長に其の紙を届け委員長から顧問の教師へと手渡される。
流れ作業だ。
目の先に見える其の部屋の戸から足が二本廊下に出ている。
近寄ると四年の綾部喜八郎が床に大の字になって昼寝をしていた。其の横には脱ぎ捨てた紫の上衣がある。
「先輩、起きて下さーい」
取敢えず声を掛けてみたが当然反応は無い。
気持ち良さそうに眠っている喜八郎の傍に屈むと兵太夫は先程よりも大きい声で名前を呼んだ。
「綾部喜八郎先輩っ!起きて下さいよっ」
「うっ………んん?」
ぎゅうと瞼を強く瞑ると喜八郎は漸く目を開けた。
何度か瞬きを繰り返すと此方の顔を見詰めた。
「兵、太夫?」
「はい。そうですよ。委員の仕事終わったんで確認して下さい」
「……ああ、そうね。今日は僕が当番だったね」
欠伸をしながら起き上がると喜八郎は上着を掴み廊下を歩き出す。
……先輩、上着引き摺ってます。
心の中で先行く喜八郎の背に言葉を掛けながら兵太夫は後を追った。
部屋に戻ると喜八郎は伝七と兵太夫の書き記した紙を見終え、ぼんやりとした様子で棚を一瞥すると上着の袂を弄り判を押した。
兵太夫は伝七と目が合ったが互いに何も言わなかった。
本当は監督生も棚の一段一段を自分で確認しなければならない。
真面目な生徒は其れを行うが中には確認せずに判を押す者もいる。が、遊び盛りの一年生にとっては通常授業より早く終える夏に長々と委員会の仕事で遊ぶ時間を少なくされては堪らない。
だから何も言わないで素知らぬ顔でこうして判を貰うのだ。
「閑でしょ?」
「え?あ、はい!……って、ええ?」
喜八郎から手渡される際に唐突に言葉を掛けられ兵太夫が咄嗟に返事をすると横に居た伝七が小声で馬鹿だなと呟いた。
「さ、委員長の処に行くから兵太夫は付いておいで~」
「………………はい」
「じゃあ、私は先に失礼しまーす」
「はい、御疲れ」
戸を閉めながら喜八郎が返すと伝七が勝ち誇った様な顔で此方を見た。
伝七の口が動き間抜けと言ったのだと分かり兵太夫はべえと舌を突出した。
「兵太夫、行くよ」
「はーい」
気付くと既に喜八郎は廊下の先へと移動していた。
慌てて返事をして駆けながら不図後ろに目を向けると髪を揺らしながら伝七が一年寮へと帰って行くのが見えた。
喜八郎に連れられて訪れた六年寮は何だか臭かった。
所謂「男臭」というやつだ。
日々過ごしている一年寮に比べると臭いの度合いが既に違う。
其れでも慣れとは恐ろしいもので最初に感じた臭さが段々と薄れている。
前を進んでいた喜八郎が行き止まりにある部屋で足を止めると首を傾げた。
何か?と尋ねるより早く喜八郎が参ったねと呟き障子戸を断りも無く開けた。鼻先に御香の好い匂いが掠めたので横から部屋を覗き込むと誰も居なかった。
「此処に来いって自分で指定しておいて何処に行ったんだか…如何しようね、兵太夫?此の侭、僕が立花先輩の筆記を真似て先生に提出しとこうかしら」
此方に同意を求める様に言う喜八郎に如何返せば良いものか思案に暮れると頭の上から声が降って来た。
「作法委員じゃないか?仙蔵を探しているのか」
全く気配も足音もしなかったので兵太夫は一瞬大きく身を竦めた。
声は会計委員長の潮江文次郎だった。
「委員長の判が必要なんですが……知ってますか?」
流石は四年生というべきか。自分とは反対に動じもせず喜八郎が自分の後ろに立っている潮江文次郎に委員長の所在を尋ねた。
すると潮江文次郎は目線を暫く彷徨った後にぽつりと答えた。
「今日の天候から考えられる場所が一つある」
「何処ですか?」
「………言うより直接連れて行った方が好いだろう。来い」
そんな面倒臭い場所に居るなら此処で帰りたいなぁ。
ちらりと兵太夫は喜八郎の顔色を伺ったが何の反応も無かった。
仕方無く同行する事にした。


庭に下り雑木林を抜け獣道を更に奥へと向かう。
生い茂る夏草を掻き分け耳に煩い蝉時雨がぐわぐわと頭に鳴響く中を只管に会話も無く進む。日陰は涼しいが時折差し込む日光は熱いし虫が顔に衝突する上に汗が絶え間無く流れ落ちている。
潮江文次郎が早足で行くせいで兵太夫は最早駆け足に近かった。
水飲みたいなぁ…本当なら今頃は遊んでいるのに。
嫌だな嫌だなと感じていても決して口には出さずにいると水音が聞こえた。
人の話し声も大きくなる水音と共に耳に届く。
急に視界が開けると潮江文次郎の姿が消えた。
「兵太夫、一寸した崖があるけど降りれるよね」
此方の顔も見ずに言うと喜八郎が崖の淵を蹴った。
下を見ると音も無く着地をして促す様に手を振った。
……だからさぁ、如何して誰も身長差考えてくれないのかなー。
半ば諦めながら兵太夫は足元に改めて目を向けた。
確かに大した崖では無い。簡単に飛び降りれば下に行ける。
だが身長の低い兵太夫から見れば少し怖い高さだ。
怖気づく前に兵太夫はぐっと拳を握ると意を決して飛び降りた。
身体に風を受け硬い土の上に足が着地し体重が掛かる。
其れを抑えられず両手も地面に着くと心臓が矢鱈と波打っていた。
良かった。上手く着地出来た。
安堵すると手に付いた土を払い兵太夫は顔を上げた。
「兵太夫、見て御覧」
喜八郎の指し示す方を見遣ると其処には深緑の忍衣が二着無造作に置いてあった。如何やら其の内の一着が委員長のものらしい。
「仙蔵ーっ!出て来いっ」
潮江文次郎の大声が周囲に響き渡る。
兵太夫は喜八郎と石を踏み水際へと近寄ると川の奥から頭が二つ出た。
日を受け煌く水面が眩しかったので手を翳して見ていると徐々に頭が此方に遣って来た。川の流れに逆らう度に波紋が広がる。
「出て来て遣ったぞ」
委員長の立花仙蔵はそう言うなり川から身を起こした。
兵太夫は目の遣り場に困ったが取敢えず顔から下に行かない様にした。
「素っ裸で入るな」
「褌で入れと?褌が濡れるのは嫌だ。どうせ此処に来るのは学園の奴等だけなんだから好いじゃないか」
一糸纏わぬ姿で潮江文次郎の言葉に堂々と言い返すと後に続く体育委員長の七松小平太が矢張り裸の状態で此方を見て声を上げた。
「お前達も水遊びしてくか?」
「小平太。水遊びだと規模が小さいから川遊びと言え」
即座に訂正する委員長に喜八郎が紙を突き出した。
「先輩……此れを終えてから出掛けて下さい」
「適当にお前が書いておけ」
「……仙蔵。怠けずに委員長としての責任を果たせ」
「そうだな、そういえば…先刻部屋に来いって言ったけな。じゃ寮に戻るか」
委員長は身体も拭かずに褌を身に着けると衣を羽織り袴を手に持った。
七松小平太は其の侭川遊びを続行するのか奥へと泳いで行く。
「喜八郎、其れに兵太夫。足労掛けたな」
「仙蔵。良く労って遣れよ。特にこっちの一年は」
念を押す潮江文次郎に喜八郎が頷いた。
「本当に。一人で六年寮に向かうのが嫌だったから御伴させたけど何も此処まで一緒に連れて来る事は無かったんだよね。御免ね、兵太夫」
「いや、大丈夫です」
ええもう何でも終われば其れで好いんです。
だから早く御役目免除して遊びに行かせて下さい。
等と続けて言えず、兵太夫は此方を見る上級生達に曖昧な笑みを浮かべた。
PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
カウンター
リンク
アクセス解析
Edit by : Tobio忍者ブログ│[PR]