庭に下り雑木林を抜け獣道を更に奥へと向かう。
生い茂る夏草を掻き分け耳に煩い蝉時雨がぐわぐわと頭に鳴響く中を只管に会話も無く進む。日陰は涼しいが時折差し込む日光は熱いし虫が顔に衝突する上に汗が絶え間無く流れ落ちている。
潮江文次郎が早足で行くせいで兵太夫は最早駆け足に近かった。
水飲みたいなぁ…本当なら今頃は遊んでいるのに。
嫌だな嫌だなと感じていても決して口には出さずにいると水音が聞こえた。
人の話し声も大きくなる水音と共に耳に届く。
急に視界が開けると潮江文次郎の姿が消えた。
「兵太夫、一寸した崖があるけど降りれるよね」
此方の顔も見ずに言うと喜八郎が崖の淵を蹴った。
下を見ると音も無く着地をして促す様に手を振った。
……だからさぁ、如何して誰も身長差考えてくれないのかなー。
半ば諦めながら兵太夫は足元に改めて目を向けた。
確かに大した崖では無い。簡単に飛び降りれば下に行ける。
だが身長の低い兵太夫から見れば少し怖い高さだ。
怖気づく前に兵太夫はぐっと拳を握ると意を決して飛び降りた。
身体に風を受け硬い土の上に足が着地し体重が掛かる。
其れを抑えられず両手も地面に着くと心臓が矢鱈と波打っていた。
良かった。上手く着地出来た。
安堵すると手に付いた土を払い兵太夫は顔を上げた。
「兵太夫、見て御覧」
喜八郎の指し示す方を見遣ると其処には深緑の忍衣が二着無造作に置いてあった。如何やら其の内の一着が委員長のものらしい。
「仙蔵ーっ!出て来いっ」
潮江文次郎の大声が周囲に響き渡る。
兵太夫は喜八郎と石を踏み水際へと近寄ると川の奥から頭が二つ出た。
日を受け煌く水面が眩しかったので手を翳して見ていると徐々に頭が此方に遣って来た。川の流れに逆らう度に波紋が広がる。
「出て来て遣ったぞ」
委員長の立花仙蔵はそう言うなり川から身を起こした。
兵太夫は目の遣り場に困ったが取敢えず顔から下に行かない様にした。
「素っ裸で入るな」
「褌で入れと?褌が濡れるのは嫌だ。どうせ此処に来るのは学園の奴等だけなんだから好いじゃないか」
一糸纏わぬ姿で潮江文次郎の言葉に堂々と言い返すと後に続く体育委員長の七松小平太が矢張り裸の状態で此方を見て声を上げた。
「お前達も水遊びしてくか?」
「小平太。水遊びだと規模が小さいから川遊びと言え」
即座に訂正する委員長に喜八郎が紙を突き出した。
「先輩……此れを終えてから出掛けて下さい」
「適当にお前が書いておけ」
「……仙蔵。怠けずに委員長としての責任を果たせ」
「そうだな、そういえば…先刻部屋に来いって言ったけな。じゃ寮に戻るか」
委員長は身体も拭かずに褌を身に着けると衣を羽織り袴を手に持った。
七松小平太は其の侭川遊びを続行するのか奥へと泳いで行く。
「喜八郎、其れに兵太夫。足労掛けたな」
「仙蔵。良く労って遣れよ。特にこっちの一年は」
念を押す潮江文次郎に喜八郎が頷いた。
「本当に。一人で六年寮に向かうのが嫌だったから御伴させたけど何も此処まで一緒に連れて来る事は無かったんだよね。御免ね、兵太夫」
「いや、大丈夫です」
ええもう何でも終われば其れで好いんです。
だから早く御役目免除して遊びに行かせて下さい。
等と続けて言えず、兵太夫は此方を見る上級生達に曖昧な笑みを浮かべた。
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