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版権同人小説ブログ
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其処に居た誰もが口を開きたくは無かった。
合同授業という名の苛酷な乱取り稽古に心身疲れ果てていたからだ。
校舎から少し離れた壁に背を預けて座り込んだ侭、既に大分経過している。
本来なら「合同授業を終えて」という題名での感想を書いた紙を提出しなければならない。
日陰に移動しようと仙蔵が提案して受け入れたが此処から教職員室は遠かった。
提出の刻限は近い。昼を告げる鐘が鳴り終える迄だ。
しかし、誰一人「行こう」とは言わなかった。
何故ならば一度口にすれば確実に皆の分を持たされる羽目になるからだ。
中在家長次は書き終えた紙を団扇代わりに仰いで超然と構えている。
隣では立花仙蔵と善法寺伊作が寄り掛かり合いながら、互いに自分の相方に無言の視線を向けている。
其の視線を拒絶するかのように仏頂面の潮江文次郎は校舎を睨み付けて居て、横に並ぶ食満留三郎は書き付けた感想に誤字を見付けて顔を顰めている。留三郎の紙を覗き込んだ七松小平太は自分の感想を見比べて余りに書き込まれた感想に驚愕した。
静かな庭の若葉に彩られた木々が薫風を受け、さわさわと葉擦れの音を出す。
何処かで鳥の囀りが響き渡る。
此の緊迫した雰囲気が無ければ何と長閑な事だろうと誰しもが思った瞬間
「……………誰かが代表者で提出して来ないか?」
唐突に長次が皆に話し掛けた。
普段なら有り得ない事態に他の者は一斉に目を見開く。
こうゆう場合において最初に痺れを切らすのは大概、留三郎と小平太其れに文次郎と決まっている。
無口な長次が痺れを切らすのは珍しいが、此れでは「じゃあ、お前が行け」とは言い難い。
何となく長次には逆らえない雰囲気を感じているからだ。
「そうだな。皆の代表者として……文次郎、行ってくれないか」
「断わる」
仙蔵の言葉に文次郎は即答した。
伊作が留三郎に笑顔を向ける。
「留三郎、持ってってくれないかな?」
「ふざけんな」
相方から冷たく断わられた二人は声を揃えて名前を呼んだ。
「小平太!」
「犬呼ぶみたいに呼ぶなよ……。俺だって嫌だぜ」
咽乾いたけど行きたくないと膨れっ面で文句を言い、端に居る自分の相方を見た。
「長次、如何する?阿弥陀籤で決めるか?」
「僕アレ嫌だからね!」
籤で勝ち知らずの伊作が口を尖らせると仙蔵が感想文の紙を摘んだ。
「此れを丸めて投げて飛距離を競うか」
「ま・る・め・る・な。此れは大事な提出物だ」
「馬鹿馬鹿しいから丸めたい。大体乱取り稽古の感想って何だ?」
「俺が知るか。自分の反省と他人への注意点でも書け」
文次郎はそう言うと留三郎の紙を取り上げた。
「此れを手本にしとけ。呆れるくらい細かく書いてるぞ」
「おっ前、返せよ!」
抗議の声を上げたが既に伊作経由で仙蔵の手元に運ばれていた。
仙蔵は目を通し終えると気の毒そうに留三郎を見た。
「留三郎、字数が多ければ採点が上がる訳では無いぞ」
「略白紙のお前が言うな。伊作、立花は何て書いたんだ」
「えっとね……」
仙蔵の紙を掴み取ると伊作は堪えきれないとばかりに噴出した。
「ちょ、此れ本当に提出する気?」
「他に書く事は無い」
「きょうはみんなとてもたのしそうでした。わたしは13人とてあわせをしてぜんぶかちました。しおえもんじろうは16人とてあわせをして2人にまけて3人とけっちゃくがつきませんでした。かわいそうだなとおもいました」
「丸めて捨てて遣る!そんな感想」
文次郎の手が伸びる前に仙蔵が伊作から紙を取り上げて懐へと仕舞った。
「此れは大事な提出物なんだろう?文次郎」
「内容次第だ」
と其処へ賑やかな声が聞こえたので校舎に目を向けると渡り廊下に1年は組の生徒が歩いていた。
幾人かの生徒が此方に気付いて顔を向けている。
すると長次が手を上げると足を止めた中に居る図書委員のきり丸に手招きをした。
何すか?と言いながらきり丸が歩き始めると立て続けに声を上がった。
「兵太夫」
「乱太郎、おいでっ」
「団蔵。一寸、来い」
「しんべヱ!喜三太!集合しろ」
呼ばれた1年生は呼ばれた意味が分からぬといった表情でわらわらと動き出した。
駆けて来る者など全くおらず喋りながら非常に遅い歩みで遣って来る。
其れを真剣な面持ちで固唾を飲んで6年生は見守った。
自分の元に1年が一番遅く来た者の負けだという勝負が開始されたのだ。
只一人、其の1年生が未だ姿を現していない小平太に留三郎と文次郎が声を掛けた。
「大丈夫か?お前のとこ。まだ来てないだろ」
「此の侭だと確実に負けるぞ」
其の言葉に小平太は返事をせず体育委員の金吾が現われるのを待った。
学級委員の少年と談笑している金吾の姿を視界に捕らえるなり、小平太は大声で呼んだ。
「金吾ーっ!」

くるりと此方を見遣った金吾に小平太は高々と片手を上げた。
途端に金吾の表情が強張り、隣に居た少年に持っていた書物を押し付けた。
「五!」
小平太が声を発するより早く金吾が渡り廊下の床を蹴り、地面に降り立つ。
親指を折り曲げて尚も小平太は続けた。
「四!」
笑い合うしんべヱと喜三太の横を走り過ぎる。
「三!」
兵太夫と乱太郎、団蔵が並んで歩いてる間を擦り抜けた。
「二!」
両手を後ろ頭に回し暢気に歩くきり丸が必死の形相で走る金吾に慌てて道を譲った。
「一!」
残り1本となった其の小指を金吾の手が握ったのは折り曲げる直前だった。
肩で息をしながら縋り付くように小指を掴んでいる金吾の背中を小平太は軽く叩いて労った。
「し……心臓に悪いんで其れ止めませんか?」
「うん?ごめんな、金吾!」
止める気など毛頭に無い小平太は唖然としている級友に満面の笑みで一言言った。
「俺、一抜けね」
其の時、長次が懐に手を入れて幾つかの銭を取り出した。
軽く上へと放り投げると衝突し合う銭の音にきり丸が反応した。既に目が吸い寄せられている。
銭を取ると更に大きく上に放ると獲物を仕留める猫同様にきり丸が落下している銭に駆け寄る。
きり丸の掌に銭が落ちる寸前に長次の手が取り、残った手できり丸の首根っこを掴んだ。
「そんな……長次まで」
事の成り行きを眺めていた仙蔵の声に留三郎の声が被さる。
「呼び寄せて好いって事だな……よしっ!」
留三郎は一番後ろを歩いている二人の名前を大声で呼んだ。
「俺の処まで早く来たら、美味しい饅頭と可愛い蛞蝓を遣るぞ!」
「美味しい御饅頭……?」
「可愛い蛞蝓さん……?」
首を傾げると事情が飲み込めたのか二人は歓声を出して勢い良く駆けた。
追い抜かされた三人が怪訝そうな表情で見送っている。
其の三人を呼び寄せる側の三人、文次郎は不服そうに呟いた。
「断然不利だな。俺は団蔵の好物なんて知らん」
「私だって兵太夫の好物は興味無い。罠が好きなのは知ってるが役に立たないしな」
なあ伊作と言い掛けて仙蔵は伊作の様子が妙なのに気付いた。
普段なら不運委員長という名前の彼は諦観の笑みを湛えて仕方が無いよと相槌を打つのだが、今日は何故か勝ち誇った表情で笑っている。
「仙蔵、文次郎……ごめんね」
「ああ?」
「何だ、急に」
「あの子、学年一の俊足なんだ」
としおらしく言うなり伊作が声を張上げた。
「乱太郎っ!駆け足!!」
「はいっ」
遅れているからと油断していた体育は一番に着いた。
鈍足だろうと思っていた用具は留三郎の元に辿り着いている。
保健が学年一の俊足だとはそもそも知らない。
残った二人は互いに伊作が負けると決め付けていた分、読みが外れて焦った。
「団蔵っ!歩くな、全速力で走れ!」
「兵太夫!会計よりも先に私の処へ来るんだ!」
どちらも最後にはなりたくなかった。
が、言われた方の団蔵と兵太夫は堪ったものではない。
怖い委員長が更に鬼気迫る顔で言うのだから逆に逃げたしたい衝動にかられた。
「げぇ……」
「うわ……」
駆けると文次郎の激励無しの叱咤だけが飛ぶ。
「二人で仲良く駆けんで好い!作法なんて追い抜かせっ」
「なんてとはなんだ。予算が通らなかった悔しさを晴らせ!追い越せ、兵太夫!」
「予算は関係無いだろうが」
「作法委員の金を一番多く削った怨みは根深いぞ……喜八郎はお前専用の落とし穴作る予定だ」
「大方作らせるの間違いだろう?其れになあ、お前の処は余計な算出が多いんだよ。一度でもまともな要望書を提出してから言いやがれ」
「私は何時だって大真面目だ」
「大真面目な奴は自分で大真面目だなんて言いません」
「あの」
「ちょっと」
二人の言い合いに弱々しい声が二つ割り込んで来た。団蔵と兵太夫が目の前に居た。
文次郎と仙蔵が勝つ為に我先に1年生へと手を伸ばす。
「お前達、楽しそうだな」
気配無く長次の横から声がすると1年生が土井先生と年若い教師の名前を呼んだ。
「……で、何をしているんだ?」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
中在家長次は相変わらず超然とした態度を貫いた。
立花仙蔵と善法寺伊作は目線を下に向けて取り敢えず自分以外の者に問い掛けるのを望んだ。
潮江文次郎は仙蔵と同時に掴んだ事を悔やみ、食満留三郎は饅頭、蛞蝓と騒ぐ二人を宥めた。
そして、勝負に勝った七松小平太は笑顔の土井半助と目が合っていた。
「何を、して居たんだ?」
「あー……」
言い訳が思い付かない小平太の耳に無情にも昼を告げる鐘の音が鳴り響いた。
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