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版権同人小説ブログ
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其の日、医務室は静まり返っていた。いや正確には重苦しい沈黙が部屋を包んでいた。
如何したものかと数馬は渦中の人物に視線を走らせ、あぐねいた。
すると目の前に広げた大きな紙に一学年下の左近が大丈夫ですかと書き付けたので頷く。
紙の中央には本日の緊急事態と書かれており、下には喜法寺伊作とある。
字が違う。数馬は此れを書き付けた伏木蔵を見ると善と書き直した。
さて困ったな。如何しようかな?
緊急事態とは医務室の机、普段なら温和な保健委員長である伊作が居る場所で日誌を捲っている人物。
図書委員長の中在家長次其の人だった。
突然医務室に訪れるなり一枚の紙を此方に渡して来た。
其処には非常に読み易い丁寧な伊作の筆跡で委員長を本日のみ交換する事。交換した事により別の委員長の視点から内部の視察また委員との交流をする目的、其れに伴い限定で権限の移譲が記されていた。
要は傍迷惑な最上級生の提案に下級生が振り回される羽目になる。数馬はそう理解した。
しかし流石は不運と称される委員会だ。因りによって一番合わない人物が委員長になるとは。
………悪いけど、此の人は此処向きじゃないんだよな。
医務室は怪我や病気などを受け入れる部屋だ。当然、訪れる者は混乱したり不安に陥ったりしている。
其の感情を落ち着ける為にも此の部屋は穏やかで過ごし易い雰囲気でなければいけない。
善法寺伊作は居るだけで其の雰囲気を醸し出す事が出来る此処に適した人物だ。
だが、対する中在家長次は物音一つ許さない厳格な図書室最強の番人。真逆だ。
御蔭で先程から医務室に来た者が緊張して小声で話す、沈黙に耐えられず早々に出て行く、中には中在家が居ると分かるなり身体を竦ませて静かに開けた引き戸を閉めていく者すらいた。
とてもじゃないが仕事にならない。況して此方も彼の雰囲気に呑まれて誰も言葉を発せられない。
困窮した委員達は伊作を呼び戻す為の作戦会議を始めたのだ。
まずは肝心の委員長が何処に居るかが問題だった。
誰かが聞きますかと一年生の乱太郎が書くと一斉に自分へと視線が集まった。
誰にと書こうとして数馬の筆が止まった。
聞く相手の選択など一択しか無い。知っているのは其処で読み耽っている最上級生だ。
そして、一斉に自分へと視線が集まっている。
数馬は嫌な予感を覚えて顔を上げると伏木蔵が身を乗り出して数馬の方の紙に頑張れと書いた。序でに幽かな笑みを浮かべるとグッと握り拳を作ったので、数馬は其の言葉を即座に筆を塗り消した。
スリルがあるからお前が行けと書くなり、伏木蔵が此れはスリルじゃないから嫌だと返された。
先輩が一番年上なんですからと今度は左近が書き付けたので、左近の傍の紙に大きく上級生命令です川西左近が尋ねてくると書いた。左近が上から更に大きく斜線をひく。
あんた年上と消された伏木蔵の横に書かれたので横に年功序列って知ってるかと返した。
おうぼうと伏木蔵が書いたので漢字で書け一年坊主と瞬時に書き付ける。
すると乱太郎が、ここは公平にあみだくじで決めましょうと提案した。
確かに此処で文章による喧嘩をしている場合では無い。数馬は其の提案を受け入れた。
しかし数馬は、一つ重大な事柄を失念していた。
今居る委員の中で保健委員歴が長いのは他ならぬ自分自身だという事に。

数馬が心中で悲痛な声を上げた頃、左門はぼんやりしていた。
別に何もしていない訳ではない。今日も今日とて会計委員の実務が溜まっている。
其れを処理しているのだが如何も気が抜けて仕方が無い。
手元の書類に目を移したが計算を行っても頭が冴えない。遣る気力が湧かない。
其れも此れも多分、代理で来た善法寺伊作の雰囲気の所為と言っても過言ではなかった。
委員長が来ないなと四年の三木ヱ門がぼやいていると彼は現れたのだ。
事情を説明すると委員長の潮江文次郎の書面を見せて呉れた。
立派というか雄雄しい文字で本人の名前と本日行う業務まで書かれていた。
「代理なんで今日一日だけ宜しくね」
微笑みながら挨拶されて左門は嬉しくて溜まらず此方こそと笑った。
今日一日は天国だ。あの怒号が聞こえないだなんて…っ!なんて素敵な日なんだ。
兎に角、此処の委員長は口喧しく細かい指導で評判だった。
左門と名前を呼ばれる度に今度は何の小言言われるのだろうと怯える日々。
其れから短い間とはいえ解放されたのだ。
……喜ばしい筈なんだが、駄目だな此れは。場が弛緩し過ぎてる。
先程からずっと一番前に陣取る一年生が伊作と会話に興じている。私語厳禁の部屋で。
横に居る三木ヱ門も時折会話に入っては笑い声を上げている。手元の紙を見ると進んでいない。
適材適所。
不図そんな言葉が頭に浮かび、左門は口喧しい委員長の存在を思い返した。
厳しく指導するから間違えが減り、怒号が飛ぶので皆目の前の書類に集中するしかない。
彼が此の部屋に足を踏み入れると場が引き締まる。
ああ……何だかんだで結構凄い人なのかもしれないな。あの人。

そんな思考の海に左門が浮かんでいるとは露知らない三之助は長閑な道を歩いていた。
方向音痴故に道に迷って最中では無い。傍に体育委員の面々が居る。
「さてと、山道の点検は終わったな……」
「如何します。本当なら今日の夕飯時まで山の中ですよね」
普段とは違い過ぎる仕事の効率の良さに戸惑い、三之助は年上の滝夜叉丸に声を掛ける。
すると滝夜叉丸は此方にくるりと顔を向けた。彼も戸惑っている。
「此れが通常の仕事なんだが普段のあれに慣れたのか、我々は」
「物足りないですよね」
下から一年生の金吾の呟きに残る四郎兵衛を含めた全員が深い溜息を吐いた。
「慣れって怖いな」
「本当、そうですね」
「僕……クタクタになるのが当たり前だと思ってましたよ」
「私も」
普段とは体育委員長である七松小平太の無茶無謀極まりない思い付きの行動であり、其れに付き合われて予想もしない道を走られてる自分達の事であった。
其の暴君委員長は本日別の委員長となり出掛けている。
代わりに来たのは厳格な会計委員長、潮江文次郎であった。
彼は来るなり書面を渡しながら細かく分かり易い説明をして呉れた。
「そういえば……七松先輩は何処の委員長になったんですかね」
味のある字というか、滝夜叉丸曰く書き殴りの字で七松小平太と書かれていた書面を思い出していると
「先程点検行く前に尋ねてみたんだが、如何も用具らしい」
「え?」
滝夜叉丸の言葉に三之助は声を上げた。
「用具……ですか?」
「そうだ。あの破壊神が用具に行っているらしい」
体育委員室の押入れに隠された数々の壊された備品が頭を通り過ぎていく。
また壊れちゃったよ…駄目だな、此れ。脆い。
屈託の無い笑顔で言う委員長の顔と同級の用具委員の顔が浮かび、三之助は空を仰ぎ見た。
「如何したんですか、次屋先輩」
「何かいたんですか?」
「いや、用具委員を助けられないから代わりにせめて空に願掛けしようかなって思って」
「殊勝な心掛けだがな、三之助。空に祈って如何する。其処にある祠にしとけ」
「あ、はい」
「先輩……どっち行くんですか。こっちですよ」

三之助が熱心というか無心で拝んでいる願いの先に居る作兵衛は全身から血の気が引いていた。
「という訳で分かったな?富松」
「ええまあ」
分からないのは何故此処に此の人が来ちゃったのかだよ。
保健委員じゃないんだぜ、用具は。……そうか、食満先輩も不運なんだっけ。
善法寺先輩とはまた違う災難に巻き込まれ易いとか聞いたな。
なんて、簡単に納得出来るかっ!!
「あの、此れって如何やって決めたんですか?」
「各委員長が誰を自分の代理にするか籤引きで決めた」
「あー……成る程」
籤引きじゃ駄目だろ。結果がこうなっても何か納得出来ちゃうじゃないか。
其れはそうと作兵衛は手元にある書面を見詰めた。
達筆な其れでいて何処か神経質な委員長本人の文字で小さく一文が添えられていた。
其処には一言、用具死守とある。
目の前には用具から恐れられている破壊神。後ろに控えている委員は全員一年生。
切実な想いを存分に込められた委員長の一文。託されたのは三年生の自分。
…………重い。此れ、重過ぎるだろ。
だけど、と作兵衛は思う。
常日頃から委員長が深夜まで修復作業や点検を行っているのを作兵衛は知っている。
若し仮に此処で損害が発生した場合、彼は大丈夫だと慰めるに違いない。
負担は全て何時でも委員長である彼が他の委員の分まで担っているのだ。
少しでも其れを軽減させたい。其の為には代理委員長を只管遠ざけねば。
此処が踏ん張り処だぜ、俺。
「其れで何したら好い、用具の使用感でも試すか?」
「いいいいいいいですから!其れは俺が遣っておきますんで…ええと」
作兵衛は後ろで全く会話に参加しようともしない一年生を呼び付けて、好いかと伝えた。
「何時も同じように。同じようにだぞ、食満先輩と。学校中の点検箇所を案内してさし上げろ」
はぁいと間延びした返事の一年生は七松小平太と手を繋ぎ、出掛けていった。
「よし!此れで多分大丈夫だっ」
喜三太は道中にある蛞蝓が居る箇所になると中々進もうとはしない。
しんべヱは途中で必ず空腹を訴え、半べそをかく。
平太は大人しいとはいえ何故か常に委員長の袴を掴んで歩くので走れない。
如何にかなれば好い!というか、なれよ!本当……お願い。頑張って、一年生。

作兵衛が奮闘している頃、とうの食満留三郎の問い掛けに藤内はしどろもどろで弁解していた。
というのも理由は非常に簡単で横に居る四年の喜八郎が答えてしまっていたからだ。
普段は何をしているんだと聞かれれば、何もしてません。
用具の点検作業があるだろうと聞かれると、ああそうでしたね。
委員長の立花は仕事しているかには、してません。
では何をしているんだ、あそこで眠っています起きても自分の好きな事して寝てます。
す、少しは包み隠して……っ、綾部先輩!
「という訳でして、決して僕達作法委員は仕事してない訳じゃないんです!」
「うん。お前が一生懸命仕事の内容を説明してくれるのは有り難いが…其の、な」
歯切れの悪い口調で言うなり、留三郎は寝てるぞと喜八郎を指差した。
見ると確かに無責任な先輩は正座をした侭、船を漕いでいる。
すうぴいと可愛い寝息までたてて。
「ちょっ、人に説明させておいて何寝てるんですか!起きて、先輩っ」
がくがくと揺すると眠たそうに瞼を開くなり
「藤内の声って子守唄みたいだねぇ。凄い眠くなる……おやすみなさい」
そう言い終えると再び瞼を閉じた。
部屋の隅で伝七と手遊びに興じていた兵太夫が、あーあーと小さな声を上げた。
はいと伝七が手を挙げる。
「仕事内容の視察ってありますけど此処の仕事が増えるんですか?」
「其れは…如何だろうな。此間の予算会議で用具から仕事を作法に回すって話が出たけど、あれは予算が欲しいから出た提案であって、此処の委員長が遣りたがると思うか?」
「立花先輩はとっても素晴らしい見習うべき先輩の一人ですが……遣りたがらないと思います」
最後の方は蚊の鳴くような声で伝七が答えたので藤内は苦笑した。
「しかしあれだな…委員長の仕事をもう少し真面目にするようには報告しとかないとな」
留三郎の言葉に藤内は床に広げられた書面に面倒臭そうに書かれた立花仙蔵の文字に視線を落とす。
普段は確かに其処で寝ているだけで、時折起きては一年生を玩具にして遊んでいる。
凡そ仕事という仕事もしないし、何処かに出掛けてしまう事も度々だ。
其れでいて、此処に居る皆が彼を慕い頼りにしているのもまた事実だった。
困っていると何時の間にか傍に来ていて的確な助言をしてくれる。揉め事になれば必ず矢面に立つ。
時折起きると面白い話など博識な話題を聞かせてくれる。
……立花先輩は居るだけで充分委員長の仕事をしているのかもしれない。
「あの、此の侭で好いんで報告しないで下さい」
「そうか?」
「僕達、困ってないんで」
藤内がそう言うと兵太夫が後ろから抱き付いて、そうですと元気な声を上げた。

そんな藤内の言葉とは裏腹な意見を孫兵は図書室で抱いていた。
あの先輩、困るな。図書委員長は何処?
図書委員長の姿は見受けず代わりに作法委員長の立花仙蔵が其処に居た。其れは好い。
問題は先程から絶えず罵り合いをしている事だ。
彼と対峙している五年の鉢屋三郎が受付の机に手を置いた。ぎしりと机が鳴る。
「詰まり委員長交換で貴方が図書委員長の権限を譲渡されたのは分かりました」
「漸く分かったのか。時間の掛かる残念な頭だな、お前」
「残念なのは貴方の頭だ。好いですか?委員長の権限を譲渡されたとはいえ……何で、あんたの肩を雷蔵が揉まないといけないんだっ」
「私の肩が凝っているからだ!」
論点がずれてるんだよ、先輩方。
当初は委員長交換という極一部の上級生による勝手な行為についての追求だったが、何時しか論点は立花仙蔵の後ろに居る不破雷蔵に絞られていた。というよりも鉢屋三郎にとっては其れが最重要なのだろう。
「あんたが自分で揉めば好いだろう。そうでもなきゃ、あんたの相方に揉ませろよ」
「文次郎は下手糞だから嫌だ。其れに不破が上手いと評判じゃないか」
「其れなら溜まっている血を出して肩凝り治せば好いじゃなんですか?ほら、其処に生物委員も居る」
指差された孫兵は低次元な問題に巻き込まれて陰鬱な気分になった。
「伊賀崎孫兵」
「……………はい」
「お前、蛭は飼ってるか?飼っていたら、是非此の立花先輩の肩に蛭を置け」
「………大事な蛭をですか?」
「そうだ。蛭に溜まった血を吸って貰えれば……」
鉢屋は其処で立花の顔を見るなり、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「肩凝りなんて消し飛びますよ」
「其れは御親切にどうも。だがな……見ろ、あの嫌そうな表情を!」
見ろという言葉につられて幾人かが此方に目を向けたので孫兵はそっと顔を背けた。
「大事な大事な蛭をそんな事に使うなんて、可哀想じゃないか。酷い上級生だな」
「あんたが言うなよ。権限使ってどうせ無理矢理に揉ませたんだろ」
「何を言う。私はちゃあんと頼んだぞ。なあ、雷蔵」
話を振られた不破はええともああとも付かない声で返事をした。
孫兵は背中からでも分かる程に鉢屋が強く怒気を孕み出したのを感じ取った。
「……………あんた、今何て呼んだ?」
「ら・い・ぞ・う」
対する立花は乙女のような可愛い仕草で言うなり、あっはっはと豪快に笑った。
「こう見えて私と不破は仲良しなんだぞ。なあ?」
「あーはい」
「絶対違うね!明らかに困ってるじゃないか。そうだろ、雷蔵?」
「うん、そうね」
ぎゃあぎゃあと続く罵り合いに孫兵は図書委員長の戻りを切望した。
何故、静かにする必要が図書室にあるのか。何故、委員長が入室者に厳しく其れを示すのか。
今此処に居る全ての生徒が其の必要性を改めて感じ入っていた。
本に集中出来ないからだ。
二人の争いの原因である不破は既に諦めているのか黙って肩揉みをしている。
孫兵は読み掛けの書物に目を遣ると深く嘆息を吐いた。
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