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版権同人小説ブログ
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▼寒い月夜に冷えた身体の仙蔵が文次郎の布団に潜り込む

物音がしたので仙蔵は暗闇に包まれた廊下へ手燭を掲げた。
風で雨戸が鳴っているには随分と位置が狭まっている。
其れに足元を通り過ぎる夜気が普段以上に厳しい。
目を凝らすと先程よりも大きく音を上がり、其の堅い雨戸の隙間から真白い猫の足が一つ現れた。
猫は自身の身体を押し当てて雨戸を鳴らしながら、更にもう一つ足を踏み入れた。
寝静まった廊下に青白い月明かりが、猫の後ろから差し込む。
猫は耳を動かすと不意に仙蔵の存在を気取ったのか顔を向けるなり一切の動きを止めた。
金色に輝く眼が仙蔵を見詰める。
仙蔵も唯其れを無言で見詰め返した。猫は一層、膠着した。
暫くは互いに見合っていたが好い加減息が詰まるので飽きた仙蔵が溜息を吐くと、猫は膠着を解いて外へと身を翻す。
がたんと雨戸が鳴った。
欠伸を一頻りすると中庭の何処からか此方の様子を窺っているのだろうかと隙間から覗き込んだが既に猫は姿を晦ましていた。
代わりに下弦の月が幾許かの星と共に其処に居た。
視界の端、黒い冬木の太い枝に突き刺さるかのように月は猫の目と同じ色を携えて居た。
其の明かりが僅かに棚引いている雲を冴え冴えと映している。
口から漏れる息の白さに仙蔵は顔を顰めた。
呼吸をする度に凍て付いた夜気が身体の芯から体温を奪い去るようだった。
堪らず仙蔵は雨戸を閉めた。手燭の仄かな灯りが揺れ動く。
綿入れの襟元を合わせると足早に廊下を進む。
角を曲がる瞬間、雀色をした天井の隅に黒い影が伸びた。
自室の手前で仙蔵は手燭の火を吹き消した。
途端に闇が視界を蓋い尽くしたが構わず目を瞑り、そして開けた。
夜の闇に馴染んだ二つの眼が物を捉える。
障子戸に手を掛けると緩やかに開け、中へと身を滑り込ませる。
目前には衝立が有った。
縁に触れながら眠りに就いている文次郎の、隣に敷いてある自分の布団へと辿り着く。
廊下に比べると幾分暖かいとはいえ部屋も充分寒かった。
捲った掛け布団の上に温もりが残る綿入れを置くなり伏せたが、更に冷えた布団が仙蔵を出迎えて呉れただけだった。
暖かくなるにも自身の身体が冷え切っているので此れでは時間が掛かる。
むくりと身を起こすと仙蔵は文次郎へと目を向ける。
深い眠りの最中らしく寝息が聞こえた。
口の端に笑みを浮かべると其の布団へそろそろと膝を進める。
元来、文次郎が布団の端へと身を寄せて眠るのを知っているので難無く潜り込めた。
文次郎の布団の中は実に心地好かった。
当人がいない空いている所とはいえ、視界には文次郎の背がある。
其処から発せられる体温が欲しく
仙蔵は遠慮せず背に自分の掌を当てた。
指先にじんわりと温かさが点った。
「…………おい」
声の音が振動として文次郎の背から指伝いに届く。
「何だ、起きたのか。寝ていれば良いものを」
「今すぐ自分の布団に戻れ。そして、寝ろ」
「半分も使っていないのだから、少しぐらい譲れ」
「譲る以前に」
寝返りを打つと眠そうな文次郎の目が合い、顔が間近に迫る。
「俺の布団に勝手に入るな。お前の布団は、あっち」
「布団は冷え込んでいるし私も冷えている」
ほらと仙蔵は文次郎の胸元から脇腹に手を入れた。
序でとばかりに爪先を脹脛に押し付ける。途端に文次郎が目を剥いた。
「冷てぇじゃねぇかっ」
夜更けという事を配慮してか其の声は随分小さかった。
仙蔵も声を潜めて返す。
「こんな冷えた身体で寝ても布団が温まる前に凍え死ぬだろう。だから既に温かい此の布団で今日は寝る」
「俺だって最初から温かい寝床な訳じゃないってのに…まあ好い」
文次郎は起き上がると布団を捲り上げた。
「お前は此処で寝てろ。俺がお前の布団で寝る」
仙蔵は布団から出ようとした文次郎の袖を掴んだ。
「其れは困る」
「…………………」
動きを止めた文次郎の視線が仙蔵へと注がれる。
仙蔵は至極真面目な顔を作ると言葉を続けた。
「お前が居ないと寒くなるじゃないか」
「俺はお前の温石か……?」
呆れた様子で繁々と見詰めるなり文次郎は無言になった。
仕方無くといった様子で布団に潜ると背を向けた。
そうして暫く経つと徐に此方へ向き直るなり、仙蔵の身体を抱き寄せた。
「髪も冷えてるじゃないか」
頭を撫でた手が長い仙蔵の黒髪を一房手繰り寄せる。
肩から水が流れ落ちるように二人の間に髪が割って入った。
再び間近になった人肌の温もりに浸りながら、仙蔵はまあなと曖昧に答えた。
「何処で何をしていた?」
「縁側から月を見ていた」
其の言葉に案じていた様子の口から嘆息が漏れた。
「お前なあ、酔狂にも程があるだろう」
「実を言えば、月は帰り際に開いていた雨戸の隙間から覗いただけだ。本当は書庫で調べ物をしていた……其の内、面白い物が出来るぞ」
「お前の言う面白い物は大概物騒な代物だけどな」
「文次郎」
仙蔵は言い返そうとしたが止めた。
心地良さから段々と眠気が体内に満ち始めていて瞼が重たく感じる。
欠伸を噛み殺すと涙が視界を覆い尽くした。
「寝る」
短く付け足すと仙蔵は目を閉じた。
そうしてくれと文次郎の同じく眠そうな声が寝入る前の耳に届いた。
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