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版権同人小説ブログ
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其の日は冬至だった。
夕食には当然、全ての献立に南瓜の煮物が添えられていた。
甘めに味付けされた南瓜の実は濃い山吹色で皮は深い緑、少ない量とはいえ充分美味しく誰一人残さなかった。
風呂には既に最上級生である福富しんべヱの実家から届けられた沢山の柚子が湯に浮かんでおり、独特の香りが満ちていた。
間も無くして時間の経過と共に柚子湯に変化が生じる。
一年生が入浴した時は固い果実が段々と湯に浸かる所為でふやけ、其れを潰す者が続出するので仕舞いの最上級生が入浴する頃には悲惨な柚子が湯船の底に沈んでいるだけだった。
辛うじて形其の侭に浮かんでいた柚子を団蔵が掴み取る。徐々に力を加えて残りの果汁を湯へと注ぎ入れた。
「只でさえ湯船の中に柚子の残骸が有るのに増やすか?」
「佐吉……此れは何というか、俺の握力を試す為に毎年してて」
にこりと愛想の好い笑みで団蔵が穏やかに答えると湯船の縁を肘掛け代わりに使っている兵太夫が鼻でせせら笑う。
「握力を試すのは結構ですけど意外に絞れてないんじゃない」
むっとした様子の団蔵が手にした柚子を掲げた。
「何処から如何見ても此れ以上は絞れません。あ、そうか。兵太夫は俺より体力無いから羨ましいんだ」
「湯当たりしたの。言動が可笑しいわよ、団蔵ちゃん。大体何で僕がお前を羨ましがるんだよっ。逆なら分かるけど」
「じゃあ、あれですか?此間の予算会議の結果を根に持ってるんですよね。作法委員長の笹山兵太夫さんは」
「あら?お分かりになられました。会計委員長の加藤団蔵さん」
「何度も言うけど、あれが経費で落ちる訳無いだろ!」
「嘘!落ちるね。だって歴代…でもないけど落とせた年あったし」
「からくり製作費用って作法関係有るのかよ」
「ぐだぐだ言わずに黙って落とせば好いんだよっ」
先日行われた予算会議での派手な遣り取りを風呂場に居る全員が思い返していた。しかし、こうして委員長同士が言い争いを勃発しても直ぐに鎮火するので然して気にする者も居ない。
互いの副委員長が喧嘩早い委員長を止めるからだ。
「団蔵。柚子掲げて立ってる場合か。湯冷めするぞ」
「何時まで風呂に浸かってるんだ?茹だるから出よう、兵太夫」
佐吉と伝七がほぼ同時に声を上げた。どちらも苦い顔をしている。二人はとっては業務の中に委員長の世話が含まれている点が最大の頭痛の種だった。
仕方無いという風情で団蔵が湯に浸かろうとすると手にしていた柚子が横から掠め取られ、空中に浮かんだ。
打ってという言葉に従い反射的に団蔵は柚子を叩き飛ばした。
飛ばした先には湯船から上がろうとしている兵太夫の背がいた。目掛けた心算は毛頭無いのだが勢い良く其の背に衝突した。
兵太夫の背中が反り返ると涙目で団蔵へ向き直る。
「馬……てめぇ」
「いや、あの……ごめん。当てる気は無かったんだけど何か手元が狂っちゃって。顔怖いんだけど、兵太夫ちゃん」
「此の僕の柔肌に何しやがるっ!」
「や、柔肌って」
兵太夫は湯船に手を突っ込むと潰れた柚子を拾い上げた。団蔵が後退りすると兵太夫は柚子を投げ付けた。佐吉の顔面に。
佐吉は自分に来ると想定していなかったので見事に潰れた柚子を顔面に受けた。柚子の果汁が矢鱈と目に染みた。
「笹山ぁ……」
顔に付いた柚子の房を拭うと兵太夫が柚子を手にし言った。
「そもそも予算会議の資料や選定って其処の馬じゃなくて、佐吉お前が全部遣ってるんじゃん。馬は判子押してるだけだろ」
「確かに俺は字が未だあれだし佐吉に任せるけど会議の揉め事は俺の管轄!っていうか、兵太夫も全部伝七任せだろ!」
「だって、伝七ちゃん有能だ、しっ」
更に原形を留めていない柚子を団蔵に投げると団蔵は素早い動きで柚子をかわした。柚子は団蔵の後ろで暢気に肩まで浸かり温まっていた金吾の後頭部を直撃した。
金吾は無言で湯船から立ち上がった。しかし、水音と共に其の両手には柚子がしっかりと握られていた。
「え?如何して金吾は二つ持ってるの?」
「団蔵……知ってるか?こうゆう場合な、喧嘩両成敗だ!」
渾身の力で金吾が投げた柚子を間近に居た団蔵は避け切れず、ぎゃあ痛ぇと叫んだ。兵太夫はくるりと身体を捻る。代わりに伝七が悲鳴を上げた。
「兵太夫っ」
涙目の伝七に名前を呼ばれた兵太夫はえへへと笑った。
「攻撃まで受けて呉れるなんて、黒門伝七さん凄い有能ですね」
「お前が避けたから僕に当たっただけだろう!」
「そんな怒んないでよ。僕とお前の仲じゃないか」
「等と言いつつ……」
「食らえ!作法の攻撃っ」
兵太夫と伝七が団蔵と金吾へと柚子を放る。
 
脱衣場には三冶郎が居た。
冬は身体が冷えぬよう長湯をする習慣があるので今日も今し方まで温まっていたが団蔵が投げたのを目にすると湯から上がった。
ふうと手で扇ぎながら息を吐くと引き戸が開いて、学級委員長である庄左ヱ門と副委員長の彦四郎が現れた。
「御疲れ様、二人共。一緒って事は委員会の仕事?」
三冶郎の問い掛けに庄左ヱ門が答える。
「議事録が溜まっていたから整理していたんだ。僕等が一年生の頃の議事録まで出て来て結構興味」
がごんという物音に庄左ヱ門の言葉が遮られた。怪訝そうに戸を見詰める彦四郎が三冶郎へと視線を移す。
「中は如何なっているんだ?」
「雪合戦みたく柚子の投げ合いになってるよ。」
「誰が中に居るか分かる?三冶郎」
「は組は兵太夫と金吾、団蔵。其れにきり丸と乱太郎も。い組は佐吉と伝七で。ろ組は平太と伏木蔵だよ、庄ちゃん」
「有難う。如何する?彦四郎」
「六年にもなって風呂の柚子投げてる場合かよ。力が抜ける」
重い嘆息を吐く彦四郎の肩を労うように庄左ヱ門が叩く。三冶郎は寝巻きの帯を締めると一言付け加えた。
「作法と会計の言い争いが始まりだけど、柚子の投げ合いの切っ掛け与えたのは伏木蔵だよ」
 
「伏木蔵。お前が団蔵に柚子投げろって言っただろう」
「えー何言ってるのか、僕分かんないなぁ」
「言い逃れると思うなよ」
「怖い顔しちゃって……で、証拠はあるの?」
間延びした声に問い詰めていた佐吉はぐうと詰まった。学年で一番小柄な伏木蔵がくすくすと笑う。
「駄目じゃない、佐吉」
「好い!お前じゃ埒が明かない。おい!平太っ」
佐吉より背が高い平太は身を竦ませると気弱そうに何と呟いた。
「お前は何時も伏木蔵の隣に居るんだから見ていただろ?事の発端はこいつが団蔵に声掛けたからだろ。なあ」
「ええと………」
平太は伏木蔵と佐吉の顔を交互に見る。佐吉は中々答えようとしない平太に苛立ちを感じ、早くしろよと催促をした。
団蔵の投げた柚子の残骸が洗い場に居る乱太郎の足元まで滑り込んで来た。
「良く飽きないよね、皆」
「気が済むまで遣らせとけば好いんだよ」
隣で熱心に髪を洗うきり丸に乱太郎は苦笑した。
「其れ?しんべヱから分けて貰った新しいの」
「そうそう。見てろよ、乱太郎」
きり丸は自身の横に置いた盥の湯で髪を濯ぐと長く伸ばした黒い艶やかな髪を背中へと流した。
「其処いらの女でも俺の髪には勝てないぜ。よし!此れでまた勘違いした野郎から奢って貰える」
「本当にきりちゃんは何をしているの?」
「茶屋の看板娘してるの。最近の俺の心の師は伝子さんだぜ」
「うわあ……其れ聞いたら、山田先生は嬉しくて咽び泣くだろうけど土井先生は悲しみで咽び泣くよ」
また乱太郎の足元に柚子の残骸が届いた。乱太郎は拾うと
「ねえ、柚子湯に浸かれると思う?」
きり丸に判断を委ねた。
宛ら戦場のような湯船を一瞥するときり丸は即答した。
「無理だろ」
「だよね」
仕方が無いと乱太郎は立ち上がった。
「身体が冷えないように帰り掛けに医務室行こう。美味しい葛湯が夕方届いたんだ」
「なら、しんべヱも誘おうぜ。まだ部屋に柚子があったし其の皮でも葛湯に散らせば柚子湯になるんじゃねえの?」
「そうか。其れ好い!頭冴えてるね」
「…………偶に酷い事さらっと言うよな、乱太郎は」
「気の所為だよ」
乱太郎が脱衣場との仕切り戸に手を掛けると戸が開いた。
其処には彦四郎と庄左ヱ門が立っていた。
「あれっ?」
「よ!御苦労様」
きり丸が手をひらひらさせながら挨拶を交わすと余分に開けた戸から脱衣場へと移動した。乱太郎も続く。
学級委員の二人は風呂場に制服で入ると戸を閉めた。
一頻り騒ぎ声がしたかと思うと深と静まり返る。張り詰めた緊張感が戸を隔てた脱衣場の二人にも届いた。
「罰は何になると思う、きり丸」
「反省文で正しい柚子湯の入浴方法について、だろうな」
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