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版権同人小説ブログ
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▼文次郎が欲しくて堪らない仙蔵と引き込まれていく文次郎



其の男の存在は以前から時折聞こえて来る噂で見知っていた。
恐ろしく生真面目で鍛錬を趣味としていて下の組から此処迄這い上がって来た実力者。
代りに下へと降格した男の陰口に面と向かって「足りないから落とされたのを人の所為にする前に己を見詰め直したら如何だ」と言い放ち黙らせた正当な男。只、相手が悪かった。
降格した男は長年此の組に居たので同情する相手が多く、況して下から来た者に我物顔されるのを快く思わない者も居るので結果として男は組で浮いた存在になってしまった。
しかし男は幾人かの蔑んだ視線や事の成行きを好奇で見ている視線に全く動じる事も無い。
そうして男の動向を眺めている内に私は自身の心に燻り出した想いに気付いた。
拙いなとは思ったが元々鍛錬で鍛えられた身体や鋭い眼光は好みだった。
あの目が自分を見詰め、あの声が名を呼び、息も詰まる程に抱き締められたらと考える度に私の身体が熱く身悶える。甘くゾクゾクとした昂揚が胸を埋め尽くす。
男は明らかに私とは同じ趣向の者ではなかったが、ならば落とせば良いのだ。
想像を現実にさせる機会は直に訪れた。
春も終り掛け梅雨の湿った空気が徐々に満ちて来た夕暮れに物置になっている筈の小屋から物音が聞こえた。普段ならば気にもせず通り過ぎる私は不図足を止め、引戸を開けた。
壊れ掛けているのか開きの悪い戸は大きな音をたて半分だけ開くと中から人の気配がした。
足を踏み入れると地面に座り込み壁に寄り掛かる様にして此方を見ている男を目が合う。
「如何した、潮江?制裁でも加えられたのか」
其の男、潮江文次郎の顔は殴られたのか唇の端から血が流れ衣が泥で汚れていた。
手も血が多少滲んでいるので傷や痣は見えない衣の下を中心に行われたに違いない。
「多勢に無勢だ」
潮江は掠れた声で吐き捨てる様に言うと深く息を吐いた。
其の声には悔しさと怒りと諦めが混じっていた。私は潮江の傍に行き片膝を付いた。
「骨が痛むならば保健委員を此処迄呼んで来て遣ろうか?」
「いや、好い。連中も其処迄はしなかった。暫くは此処で休む」
「そうか」
誰がしたのかは容易に想像が付く。此間行われた試験で潮江は学年の最優秀者となった。
其の時何人かの目付きが嫉妬に満ち不穏な動きが生まれていたのだ。
「お前は……変わった男だな」
唐突に掛けられた言葉に私は驚きを隠せず間髪入れずに問い返していた。
「何の事だ?」
「組の略全員が敵意に満ちて俺を見ているか好奇の目で眺めているかのどちらだが、お前は其のどちらでも無い。どちらに付く気配も無い」
「私もお前と同じで割と孤立している者だからな。其れに派閥争いは来年から嫌と言う程味わうのだから此処に居る時ぐらい関係無い位置で平穏に過ごしたい」
「同感だな」
「……平穏になる迄にはお前の場合、時間が掛かりそうだな」
「其の度に勝てば好い。勝てば誰も文句を言えなくなる……が、今日は相手が多過ぎた。流石に遣られ放しでは情けないから三人は潰したが。疲れた」
口の端を少し上げ潮江が私に笑い掛けた。
私は私の卑しい部分が絶好の機会だとばかりに舌舐めずりするのを感じた。
「唇の端が切れてるな」
「喋る度に痛くて適わん」
「お前の唇…荒れているな。皮が剥けてるぞ」
私の指が潮江の唇に触れる。潮江は面食らった様子だが指を払い退けない。
指先に乾いた皮が引っ掛かり其の侭唇を軽く押すと温かい体温と弾力が指に伝わる。
欲しいと瞬間強い欲求が身体を貫いた。
迷う事無く、私は引き込まれる様に潮江の唇に自分の唇を重ねた。
一度を放すと又重ね少し開いた其の中に舌をスルリと入れ微動だにしない潮江の舌を捕まえると絡める。夢にまで見た相手との一方的な長い口付けを済ませると私は唇に端に付いた赤い血を舐めた。錆付いた味が舌に広がる。
傷口を舐められた痛みで我に返ったのか潮江は茫然とした様子で私の名を呼んだ。
「立花……」
早く此の声で仙蔵と呼んで欲しい。
「私の名を覚えていたのか」
「お前、今…俺に何を、したか分かっているのか?」
「魔が、差した」
私の答えに潮江は困惑した表情を浮べている。私は笑いたくなる程の昂ぶる気持ちを抑え冗談でした事では無いと告げた。潮江の顔が益々困惑する。
「私はお前に抱かれたい」
潮江の目が大きく見開かれる。
「好きだよ……文次郎」


 
其の男の噂は常に色事で下卑た笑いの中で囁かれていた。
自分には関係が無いので話に加わった事は一度も無かったが、漏れ聞こえて来る言葉には些か耳を疑った。男色の気がある女と見紛う程の美形。其の気が無くと もあれ程の者なら一度御相手して欲しいものだと思う者も多い。しかし其の男は中々誘いには応じない高嶺の花で無理矢理摘もうとすれば容易く牙を向く。
事実、其の男は強かった。実戦の成績は三位から下で名前を見た覚えが無い。
組では然程仲の良い者がいないのか一人で居る姿をよく見掛けた。
敵意剥き出しの連中や好奇の視線を露わに此方の動向を窺う者の中で全く関わる気配を見せずにいる其の姿は印象に残っていたが深い付き合いは無く、只の一度も会話をした事がなかった。
其れが、だ。
突然口付けをしたかと思うと仕舞いには抱いて欲しい、好きだと告げて来た。
気が動転し其の後の事はよく覚えて居ない。気付いたら自室にいた。最初は酷く性質の悪い冗談だと憤ったが冷静になってみると其の男立花仙蔵は真摯な態度で告げていた。嘘ではなさそうだと思い絶句した。
自分には男色の気は無い。微塵にもだ。
だが、初めて間近に見た立花の顔は美しく息を呑んだ。白い肌や目に掛かる長い睫毛、紅を引いていないにも関わらず赤く薄い唇。同じ男とは思えぬ細い身体。そして色気があった。
潤んだ目がひたと自分を見詰め、抱いて欲しいと言った時は正直グラッとした。
色仕掛けとはよく言ったものだが正に其れだ。理性や良識という気持ちが一瞬消え去る程の凄まじい効果だったが辛うじて踏み止まった。
正しい行動だと思う反面あの時其の侭押し倒してしまえば良かったと惜しむ気もある。
立花は其れ以降普段とまるで変わらない。あれは夢だったのかと思う程に。しかし其の都度あれも一つの手段に違いないという考えが頭に浮ぶ。此方の気を向か せる為だ、気を付けねば。気を引き締めると今度は欲求が首を擡げる。みすみす捨てるのか?一度手を出してしまってからでも遅くはあるまい。先に気が有るの は向こうだ。
立花からは一度も返答の要求は無い。堂々巡りの思考が連日頭に流れていたせいだろう、不注意から俺は授業の最中腕に怪我を負った。
教師に苦言を受け、嘲け笑いを浮かべている連中を忌々しく思いながら保健室に急ぐと生憎保健医は不在だった。何処に物があるのかは大体見当が付いているので探し手当てをしていると戸が開いた。見ると其処にいたのは立花仙蔵だった。
目を見張ると立花は困った様な笑みを浮べ俺の横に腰掛けた。立花も怪我を負ったらしく床に置かれた道具を取り上着を脱ぐと手際良く自分の怪我の手当てをし始めた。
気拙い気分の長い無言が続いたが先に口を開いたのは立花だった。
「抱く気にはなったか?」
他に聞き方が無いのだろうか。顔色を変えない立花の代りに此方の顔が赤くなる。
「………何故、俺なんだ」
「お前の身体と低い声と、その…」
立花はチラリと俺の顔に視線を向けると言葉を続けた。
「目が好きだ」
「…………………」
「長く待つのは性に合わない。答えを聞かせて欲しい」
自分の心臓の音が此れ程強く身体中に響き渡った事は無い。俺は手を止めると立花の顔を見ずに答えを告げた。
「迷っている」
「………………」
「如何したら好いのか自分でも分からない」
「ならば、私を抱けば好い」
立花の手が肩に置かれ吐息が耳に掛かる。
「迷っているという事は私を抱いてみたいという気があるのだろう?」
囁かれた言葉に全身からどっと汗が噴出す感覚に襲われ俺は狼狽した。
「だが、好きでもない相手に抱かれて好いのか……お前は」
「好きになるかもしれない」
「しかしだな…」
「欲情から始まる恋というのも悪くはない。なあ……文次郎?」
甘える様な声に今迄堪えていた想いや欲望が放出し思考が停止した。
顔を向けると間近に立花の顔を引き寄せ唇を交わす。
何とも居えぬ悦びが全身を駆け巡り何度も深く唇を重ねた。
立花、と呼ぼうとすると立花は俺の唇を指で押さえ首を横に振った。
「……名前で呼んで呉れ」
今ある此の気持ちが恋であるか如何か定かでは無いが構わない。
荒い息をしながら強く想いを込め俺は其の名を呼んだ。
「仙蔵」
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