「本当に六年の出席率悪いんだろうな?」
「お前…好い加減にしろよ、兵助。何度目だ?其の質問」
今朝方から数えて七度目になる問掛けに鉢屋三郎は閉口した。
隣を歩く竹谷八左ヱ門が苦笑しながら怯えた様子の久々知兵助に答える。
「六年の面子なんて何時も会計と用具、保健しか居ないから安心しろよ」
「会計と用具は居るのか……俺、帰って好い?」
弱々しい声音に竹谷は明るい笑い声を一頻り上げると久々知の背を軽く小突いた。
「大丈夫だって!席だって決まってないから俺と鉢屋の間に座りなよ」
「というか、お前本当に六年が苦手なんだな……」
鉢屋はそう言うと委員長の代理として会議に出席が決まった瞬間の憂鬱な表情を思い出した。
久々知兵助は上級生が昔から苦手で道の向こうから遣って来ただけで緊張する。
況して一学年上の一部生徒は彼にとって恐怖に近い対象らしい。
……其の対象者が全員委員長なのが災難だよな。
委員会委員長には最低でも月一回の定例会議が行なわれる。
委員長が集まり各委員会からの要望を議論したり連携を取ったりと議題は豊富だ。
だが、竹谷のように委員長代理として出席する委員会の方が多いのが実情だ。
多忙だからというのが最大の理由だが、幾人かの委員長が故意に欠席しているのは衆知の事実だ。
「鉢屋。今日は此処の部屋を使うんだよな?」
竹谷の言葉に思考を中断すると鉢屋は部屋を確認して頷いた。
重い嘆息を吐いている久々知に視線を向けると鉢屋は失礼しますと声を掛け、戸を開けた。
兵助……大災難だな。
室内に居る委員長の顔触れを眺めて鉢屋は不図思った。
如何した事か普段は欠席している委員長が全員揃って座っていた。
戸の近くに腰を下ろすと竹谷が足を止めた侭でいる久々知を押して隣に座らせた。
「此れで揃ったな……火薬と生物は代理の出席か?」
上座に居る会計委員長の潮江文次郎に竹谷が直に返す。
「そうです。生物は五年の俺が………で、えっと火薬は五年の久々知が代理出席です」
「代理の…く、久々知です」
続けて久々知が注がれた委員長達の視線から逃げるように俯いて精一杯の挨拶をした。
「よし。じゃあ、先に配布するから各自目を通せよ」
回って来た紙を一部取り、隣の久々知に手渡すと久々知が涙目になっていた。
「お前、大丈夫か?」
「大丈夫な訳無いだろっ!何だよ、此れ。全員居るじゃないか」
紙で口元を隠し潜めて言う久々知の表情は最早悲痛そのものだった。
「私だって何時もは欠席の奴等が居るなんて驚いたよ」
「俺、もう帰りたい」
「兵助、頑張れよ。発言しなくて好いんだから適当に挙手しとけ」
「そうじゃないんだよ。俺、今日言わ」
「其処の五年」
静かな口調で潮江が会話を遮ると此方をじっと見詰めた。
「何か言いたい事でもあるのか?私語は認めてないぞ」
「私語では有りません。気になる事が一点あったので」
鉢屋は先程から視界に入る目障り極まりない二人の委員長を指し示した。
「あれは委員長会議に相応しい恰好ですかね?」
其の言葉に指された二人の委員長は一斉に口を開いた。
「暑いから少し脱いでるだけだろ?全く…学級委員の糞餓鬼は煩い事だ」
「少しって…其れが少しですか?」
「俺と仙蔵は川に涼みに行く処だったんだぜ。大目に見てよ、鉢屋」
不機嫌な声で返す作法委員長の立花仙蔵に嫌味を言うと体育委員長の七松小平太が笑顔で言った。
其れに潮江と食満がほらなと同時に声を上げる。
「だから、着ろって言ってるんだ。仙蔵、小平太…暑いのはお前達だけじゃない」
「何が大目に見ろだ、七松。委員長会議だというのに遊びに出掛けるな」
「いや、だってまさか今日お前等が待ち伏せてるなんて思わなかったんだもん。なあ、仙蔵」
「作法は代理出席してるのだから構わんだろう」
忍衣の上着を脱いでる七松と上着と袴を脱いでる立花の言い分に鉢屋は頭痛を覚えた。
そもそも鉢屋は何故かこの立花仙蔵が気に食わない。
向こうも同じらしく会うと互いに嫌味を言わずにはいられない。
「代理出席は、校外実習等で使用されるんだ。お前等は単なる故意の欠席」
「故意って酷いな、文次郎。俺は今日あるって忘れてたんだぜ」
「何で其処で笑顔なんだ?仙蔵は俺が直接教えたから忘れてないよなあ」
「忘れて無いが元々行く気がない」
「立花……お前、好い加減にしろよ。忙しくても皆集まってるんだぞっ」
「ねえ、一寸好いかな?」
四人の会話に保健委員長の善法寺伊作が挙手した。
極上の笑顔を浮かべながら、あのねとゆっくり言葉を続けた。
「時間の無駄だから、後にしてくれない?」
四人は一様に口を噤むと無言で七松と立花が後ろに置いていた衣を着出す。食満が急いで潮江を促し、潮江は咳払いをすると議題を話し始めた。
「善法寺さんって、ああだっけ?」
呆然と眺めていた久々知が小声で言うと竹谷が自分の口に人差指をたてた。
「後でな。今は会議」
久々知が此方の顔を見たので鉢屋も大きく頷いた。
委員長会議に出た五年が面食らうのがこの善法寺伊作だ。
穏やかで気さくに話し掛けられる保健委員長が実は一番恐い存在に他ならない。
あの四人を瞬時に黙らせ指示に従わせられるのは彼一人だけだろう。
保健委員長には逆らうな。が、会議に出た五年の合言葉になった程だ。
会議は善法寺の御蔭で略滞り無く進んだ。
今日は案外早く帰れるかもしれない。
何時もより順調に進んでいる議題内容に鉢屋は紙を捲ると委員会からの苦情とあった。
「最後だが、今日は委員会から苦情が出ている。火薬の久々知」
名前を呼ばれた久々知が恐る恐る顔を上げた。
……さっき言ってたのは此れだったのか。
久々知は袂に入れていた紙を取り出す。深く息を吸うと生唾を飲んだ。