春先とはいえ春特有の麗らかな陽気は未だ感じられない。
かと言って冬の凍える寒さは既に薄まってはきている。
どちらとも言えない陽気の頃は部屋で過ごすのが一番好いと七松小平太は常々思っていた。外で身体を動かすのも好きだが何もせずに昼寝に興じるのも悪くはない。
盛大な欠伸をすると涙で滲ませながら障子戸に目を遣った。
陽光が障子を突き抜け白く淡い光となり室内に差し込む。
其の戸の傍で胡坐をかき一心不乱に書物を読み耽る友人が一人。
「………………」
何でこいつ何時も顰め面で読んでるんだろう?
眉間に皺を寄せ読んでいる潮江文次郎を見ながら小平太はぼんやり思った。
以前から時折気になってはいるものの其れと無く聞く事が出来ない。
同室の立花仙蔵には聞いたが悪人面だからだろうと言われた。
多分、其れは違うだろう。
大体こうなると文次郎は大概人の話を真面目に聞かなくなる。
相槌も生返事が多くなり終には無言となる。
なので今日は長次の書物に手を伸ばした時から会話は諦めていた。
途中で相手にされなくなると何だか虚しいからだ。
目を閉じると小平太の耳が近付いて来る足音を捕らえた。
微かな程度にしか聞こえない幾人かの音は部屋の前まで来ると止まった。
此処に用があるのかと目を開けると同時に囁く程の声がした。
「中在家、両手に華だな」
「正にな」
足音が去ると瞬きをしながら今し方の会話を反芻した。
長次の両手に華だって?
こんな昼間から女でも連れ込んでるのか?あの長次が?
其れともクノイチの餓鬼でも居るのだろうか。
気になってると何時の間にか文次郎が書物を閉じていた。
戸に無言の侭、視線だけを向けている。
どうやら同じく相当気になるようだ。
文次郎は音も無く静かに障子戸を少し開けると外を眺めた。
すると口の端がくっと上がり息を吐いた。
「華は華でもあれはなぁ……」
ぼそりと呟くと此方に視線を向けた。
見るかと聞かれ小平太は這いずり開いてる隙間から目を凝らす。
陽光が差し込み暖かそうな縁側に長次は居た。
何をしているのか此処からだと判断出来ないが問題は其処ではない。
華だ。そして華は確かに居た。
「…………華ねぇ」
見た瞬間にがっかりとした気分と言い得て妙だという納得が複雑に入り混じり小平太の口から乾いた笑いが漏れた。
長次と背中合わせに仙蔵が、肩には善法寺伊作が凭れ掛っていた。
どうやら二人とも眠っているようだ。
「重くないか、あれ」
文次郎の言葉に小平太は即答した。
「重い。二人分だしな」
「其れにしては平然としているな……長次は」
「流石、長次。俺だったら完璧に根を上げてるね」
「俺もな。あいつ等が来た時点で逃げるな」
「しっかし、華だってよ」
顔立ちだけならば二人とも華と称しても可笑しくはない。
小平太の言いたい事が分かったのか文次郎が笑って返す。
「毒花と火花を両手には抱えたくないもんだ」
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